魔法のお店がやってきた!④

 魔女さんは困った顔をしていた。


「君に、魔法を……?」


 僕はもう一度頭を下げる。

 どうにかして魔法を教えてもらわなきゃ。僕はどうしても、お母さんに会いたい。そのためには、魔法を使うしかないんだ。

 魔女さんは、僕の考えをのぞいただろうか。


「それはできないよ」


 僕は目を見開いて頭を上げた。

 魔女さんは僕に背中を向けて、シラカンバの杖を棚におさめた。


「私には、だれかに魔法を教えるだけの技量ぎりょうはない」


 そんなことない。僕は首をふる。

 さっきの星の魔法はすごかった。僕の頭の中をのぞくのも、きっと魔女だからできること。それに何より、元々コンビニがあったところに、急にこのお店が建つなんてありえない。きっとそれは……


星降堂ほしふりどうが現れたことについては、私の魔法じゃないよ」


 魔女さんは、振り返ってそう言った。

 星降堂ほしふりどうっていうのは……


「このお店のこと?」


 魔女さんはうなずく。


「とにかく、帰りなさい。君から『希望の宝石』をもらおうと思ったけど、どうやらそれは無理そうだし」


 魔女さんはよくわからないことを言う。

 星降堂ほしふりどうとか、希望の宝石とか、聞いたことない言葉ばかりだ。おまけに、シラカンバの杖はおさめてしまった。たしかに、杖に興味がなくなったのは事実だけど、だからといって勝手に片付けることないじゃないか。


「僕は帰らないから」


 僕は言った。魔女さんは眉をよせる。機嫌が悪くなっちゃったんだろうか。


「そろそろ六時だし、お父さんが心配してるんじゃないかい?」


 魔女さんはそう言うけど、僕は首をふった。

 今日お父さんは残業で、僕がどれだけおそく帰っても気付かない。だから、心配されるってこともないはず。


「先生になってもらうまで帰らないから」


 魔女さんはため息をついた。迷惑がってるにちがいない。でも、僕だってあきらめられない。

 僕は魔女さんとにらみあった。二人して、じぃっとおたがいの顔を見て、相手が話すまで待つ。先にしゃべったのは魔女さんの方。僕から目をそらして、へらっと笑ってこう言った。


「まだ魔法が使えないヒヨっ子だろう? それじゃあ、私の弟子なんてできないよ。

 小さい魔法の一つでも使えたら考えるけどね」


 まるでからかうように。そう言えば、僕が魔女さんをきらうとでも思ってるかのように。

 僕はカチンときた。からかわれるのはきらいだ。だから、こう言い返した。


「一つでも魔法を使えたら、先生になってくれるんだね?」


「考えてあげてもいいよ。でも、初心者には杖がないと、魔法を使うなんてむずかしいだろうねぇ」


 いいことをきいたぞ。今まで魔法を使えなかった僕でも、杖があれば使えるかもしれない。

 僕は、カウンターに立てかけられた杖を見た。魔女さんはすっかり油断をしてる。魔女さんの杖が、僕の目の前にあることに、全く気付いていなかった。


 僕は杖をにぎる。竜のかざりは、赤い宝石の目で僕を見つめた。


「しまった!」


 魔女さんは、ようやく竜の杖に気づいたみたいだ。でも、杖は今僕が持ってる。今さらあわてたっておそいもんね。


「この魔法が成功したら、先生になってよ!」


 僕は、頭の中を探す。ずっと昔に読み聞かせしてもらった、魔法使いの絵本のことを思い出す。その魔法使いは、星がコンペイトウになる魔法を使ってた。

 この魔法なら、きっと僕にも使えるはず。


 イメージするんだ。星がコンペイトウになって、降り注ぐところを!


「キラキラ星よ、コンペイトウになーれ!」


 絵本に書いてあった呪文を、そのまま言う。

 すると、お店にあふれていたオレンジ色の光が、次々にコンペイトウになって床に落ちた。

 キラリと光ったかと思うと、一つぶのコンペイトウに変身する。一つぶ、また一つぶ。

 バラバラ音を立てながら、大量のコンペイトウが床をしきつめた。


 すごい! 僕、今魔法を使ってるんだ!


「杖から手をはなしなさい!」


 急に、魔女さんが大声でどなった。

 そう言われても、魔女さんが僕をみとめてくれるまでは、やめるつもりなかった。


「じゃあ、僕の先生に……」


 急に、僕は体の力が抜けた。立っていられなくなって、コンペイトウの海の中に倒れる。顔からつっこんだものだから、コンペイトウが顔にまとわりついて息ができなくなっちゃう。

 やばい。どうしよう。


「あー、もうっ」


 魔女さんの声がきこえた。とたんに、僕の体がふわりとうく。

 僕は深呼吸しながら、お店の中を見回した。見回して、びっくりした。


 光は次々にコンペイトウになっていって、お店がどんどん暗くなっていく。

 シャンデリアはオレンジの光を失って、それをはね返していた宝石は真っ黒に。ガラスのドリームキャッチャーはゆれなくなっていたし、周りからは音も消えていた。

 あんなにきれいだったお店の中は、まるで夜みたいに暗くなってた。新月の夜みたいに。


 感じたのは、それだけじゃない。

 僕の体から力が全部抜けていって、魔女さんの魔法無しには体が動かせなくなっていた。声も出せないし、目を動かすこともできない。ただし、手は杖をにぎったまま、はなそうとしなかった。


「杖をはなしなさい! このままだと、君が死んでしまうよ!」


 魔女さんは、コンペイトウをかき分けながら僕に近付く。

 でもムリなんだ。体が全然動かない!


「竜王の杖よ、その子供からはなれてくれ!」


 魔女さんがそう言った瞬間、僕が作り出したコンペイトウが魔女さんにおそいかかった。

 バラバラとすごい音を立てて、魔女さんの顔に、体にぶつかっていく。コンペイトウのトゲで魔女さんはケガをして、ほっぺたや腕から血が出てしまう。

 こんなの、僕はのぞんでない。ただ、星をコンペイトウにしたかっただけなのに。


「くっ……

 意志いしちしほしよ。ちからしたがたまえ」


 魔女さんの体から光があふれる。

 コンペイトウは魔女さんをさけて飛び回る。まるで、魔女さんにはケガをさせるなと言われるみたいに。

 魔女さんが僕のところに着いたときには、僕はすっかり眠たくなってた。目を閉じようとするけれど、魔女さんがほっぺたを叩いてくる。


「寝るな。起きろ。死にたいのか」


 僕はうっすらと目を開けて、お店を見回した。

 コンペイトウは波のようになって、店の外へと出ていく。そして、まるでバクダンみたいに次々と爆発した。

 僕は目を丸くした。コンペイトウのバクダンが、外の景色をこわしていく。景色にヒビが入って、バラバラにくだけていく。まるでパズルをくずすみたいに。


「竜王よ、しずまってくれ」


 魔女さんは、僕の手から杖を取り上げた。するとフシギなことに、あのまぶしい光がお店に戻ってきた。


 僕は、そこで目を閉じた。

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