猶予は誰が為
かさねが部屋に軟禁状態となって暫し。
当然ながら燁子は自分まで遠ざけられる事に猛然と抗議したらしい。
けれど、何時にない厳しさで鷹臣はそれを跳ねのけた。
如何に女主人であれども、主人である鷹臣の命令のほうが優先されるのは必定。
通じる廊下には下男、部屋の前には女中の見張りを立てられたかさねの元へ、燁子とて姿を現す事が出来なかった。
タキによると燁子は怒り狂うと同時に、かさねを心配して酷く憔悴しているらしい。
燁子の心中を思えば、かさねは心が痛む。
今はもう、燁子が例え少しばかり変わった形であってもかさねを心底大事にしてくれているのを知っている。
せめて近況だけでも知らせようと、手紙を認めようとした。けれども、それを間の悪い事に鷹臣に見つかってしまう。
能面のような表情のまま手紙を握りつぶした鷹臣は、そのままかさねを寝台に縫い付けると、息も絶えるかと思う程唇を奪った。
苦しさに朦朧とするかさねの瞳には、証を刻み続ける鷹臣が酷く哀しげに顔を歪めているように見えた……。
◇◇◇
紫園家の庭園の一角。
池の畔にある石碑の前、二人の男の姿がある。正確に言うならば、二人と見る事が出来るのは当人達と、もう一人の女だけだが。
「かさねが来てくれれば、お前の仏頂面を見なくて済むのだがね」
「……あれは今罰を受けている最中だ。こうして持ってきてやっているだけ有難いと思え」
栗羊羹を頬張りながら、心底面白くなさそうに斎は言う。
それを冷ややかに見据えながら言う鷹臣は、成程、確かに見事な仏頂面である。此方も心底不本意であるというのがありありと見える。
かさねが部屋に閉じ込められてから、斎は甘味を届けてくれる茶飲み友達を失ってしまった形だ。
斎は、鷹臣に直接指定の甘味を持参するように言ってきた。
持って来なければ嫌がらせしてやる、と脅されれば渋々であろうと鷹臣は従わざるを得ない。
死神らしい恐ろしい嫌がらせではない。子供の悪戯のようなものだと分かっている故に、尚更性質が悪い。
「濡れ衣で閉じ込められて可愛そうに。すっかり元気を失くしてしまっているじゃないか」
「……また覗いたのか」
嘉臣とかさねに何事も無かったのに、と肩を竦める斎。
事情など説明されなくてもお見通しかと思えば鷹臣の眉が寄る。
言外に、私のものを盗み見たのかと言いたげな鷹臣へと、斎は笑みを向ける。
それは、底知れぬ何かを秘めた、震える程に美しい微笑だった。
「勘違いするのも程々にしておくれ。かさねはお前のものではないというのに」
「……今はまだ、私のものだ」
「『今は』ね」
顔を背けて言う鷹臣に、斎は意味ありげな響きを持たせた声音で言葉を重ねる。
子供に言い聞かせるような様子でもあり、同時に、上位にあるのが何方かを分からせるように重く、どこか狂気を秘めた声音だった。
「かさねは、私の花嫁だ。……そうだろう?」
鷹臣からの返答はない。
それを見た斎は、更に笑みを深めた。
「時が至ればお前は終わり、私の願いは成就する。……それを忘れてはいけないよ?」
「……わかっている……」
それならばそろそろ許しておやり、そう言って羊羹を綺麗に食べ終えた斎は姿を消した。
斎の言葉の真意はわかっている。
お前は共に在る事を仮初に許されただけなのだ、だから彼女を丁重に扱え。それを努々忘れるなと、あの人ならざる美しい男は言いたいのだ。
鈍い音が一つ。
唇を噛みしめた鷹臣は、石碑に拳を打ち付けていた。
分かっている、そんな事は言われずとも。
一年の猶予を与えられているのは、かさねではなくて自分であるという事は。
それでも、断ち切れない。求める心を抑えきれない。
いずれ終わるというならば、それまでに出来る限りに自分を刻みつけたい。
それが、かさねを傷つけているのだとしても。傷でもいいから、彼女の中に残りたいと願う。
浅ましい、と思うけれども。自分が止められない……。
吹きすぎる風が沈黙を浚う。
俯いた鷹臣は、言葉ないまま暫しそのまま立ち尽くしていた。
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