第35話 寝室の可愛い秘密
天城家の寝室にて。部屋の主は抱きしめていた猫のヌイグルミの手を取ると上目遣いで尋ねてきた。
「颯人くんは猫耳お好きですかにゃん?」
「はぁ~~~~~~っ」
「あぅ……。ダメでしたか。子供っぽいですもんね……」
俺が深いため息をつくと瑠璃はしゅんと項垂れてしまった。本当に猫耳が生えていたら耳が垂れ落ちていただろう。俺は苦笑を浮かべると、首を横に振った。
「驚いただけで別に嫌いじゃない」
「本当ですかにゃん?」
「本当だからその語尾はやめてくれ。俺に効く」
「ごめんなさい。さすがにふざけ過ぎましたね」
そうではない。瑠璃は勘違いしている。やめろと言ったのは、これ以上可愛さを摂取すると口から砂糖を吐きそうだったからだ。
俺だって思春期(以下略)なのだ。大人レースの下着を身につけた猫耳の瑠璃に迫られたら限界を超えてしまう。けれど瑠璃は勘違いしたまま、恥ずかしそうに寝室を見渡した。
「茉莉さんにオススメはされましたが、猫耳姿を披露するつもりはなかったんです。この部屋のように子供っぽいなと自分でも思いますし」
「部屋か……」
瑠璃の寝室にはバラのいい薫りが漂っていた。アロマを焚いているのだろう。
フローリングの床には薄いピンク色のラグマットが敷かれており、天井も壁も真っ白だった。ベッドはダブルサイズでお姫様が使うようなレースの天蓋もついている。
(綺麗に片付いているのは驚いたけど、瑠璃なりに頑張ったんだろうな)
他に違和感というか、あえて子供っぽいところを探すとしたら……。
「ベッドに並べてあるヌイグルミが気になるのか?」
「はい……。この歳でヌイグルミを集めるのが趣味だなんて子供っぽいと思いまして」
「だから寝室に入るなと言ったのか」
瑠璃は大人な女性に憧れている。さきほどから自分の幼稚な趣味を恥じているようだ。本人が気にしているのだから、気にするなと言っても効果がない。
「ちょっと失礼」
俺はベッドに近づくと、ヌイグルミのひとつを手に取った。俺がクレーンゲームでゲッチュしたコワモテにゃんこだ。
「コイツのこと大事にしてくれてるか?」
「はい。颯人くんとの子供……ではなくて、大切な思い出の品ですから」
「他の子も何か思い出があるのか?」
ベッドには全部で12匹の猫が並んでいた。
サイズは大小さまざまで、デザインも猫の種類も異なる。
リアル寄りなヌイグルミからアニメキャラまで、多種多様の猫たちがいた。
瑠璃は頷くと、愛おしそうに別の一匹の頭を撫でる。
「例えばこの子は、前のお母様が亡くなられたあとにお父様から頂いたものです。わたしが寂しくないように……と」
「いい話じゃないか。瑠璃はこの子たちを大事にしてるんだろ?」
「もちろんです。どの子も大切な家族です」
「なら何も恥じることはない。好きで気に入ってるものを隠すこともないんだ。もっと堂々としてればいい」
「そうでしょうか……。子供っぽいと笑われませんか?」
「少なくとも俺は笑わない。もしも他のヤツが笑ったら俺が文句を言ってやる。ウチのお嬢の趣味にケチつけんのかああん? ってな」
「ふふっ。ああん、ってなんですか」
俺がわざと茶化して言うと瑠璃はツボに入ったように吹き出した。
よかった。ようやく笑ってくれた。
「ありがとうございます。千鶴さんの仰る通りでした。颯人くんならわたしの趣味も受け入れてくださると」
「映画の趣味は合わないけどな」
「颯人くんはホラーが苦手ですからね」
「けど興味は湧いてきた」
「本当ですか?」
「人が好き好き言ってるのを隣で耳にしてると、こっちもその気になるというか」
この1週間近く、勉強の合間に(瑠璃の)息抜きとしてホラー映画を見せられた。
リビングの大画面で上映会を行うものだから、どこにも逃げ場がなかった。
最初は目も開けられなかったが、瑠璃が隣で解説してくれるので段々と見方がわかってきた。そうして気がつけば映画を見るのが楽しくなってきたのだ。
「よければ今度、初心者向けのホラー映画を教えてくれないか?」
「わかりました。テストが終わったらまた一緒に見ましょう。それまでにオススメ映画をピックアップしておきますね」
「お手柔らかに頼むよ」
「やはり最初は猫鳴村~恐怖回避ニャンニャンバーション~あたりでしょうか。ニャマゾンプライムにあったかな」
目をキラキラと輝かせながら、スマホで映画のタイトルを検索する瑠璃。
頭の中にはすでに初心者向け映画のラインナップが浮かんでいるのだろう。
映画もそうだけど、ショッピングや食事、勉強や掃除だってそうだ。
これまで一人で黙々とやってきたことも、誰かと一緒なら楽しさが増す。
変わり映えしない灰色のような毎日も、瑠璃が隣にいてくれることで輝き出す。
(こんな気持ちになるなんて……)
もしもこの気持ちが恋だというなら、俺は――
「そろそろ時間だな。今日もメシを作るの手伝ってくれるか?」
「かしこまりです。それなら今日はお味噌汁に挑戦したいです」
「おっ、いいね。ちょうど春キャベツが手に入ったんだ。作り方を教えるから一緒に頑張ろう」
「はい先生!」
「あはは。英語は瑠璃が先生だけどな」
それから俺たちは
ただのクラスメイトから付き人に、付き人から友達に。
そして友達から……。
(けれど、その先に進むのがまだ怖い)
当たり障りのない言葉を並べたり、あえて踏み込まずにいるのも今を大切にしたいから。
(俺は瑠璃が好きだ。だからこの時間を壊したくない)
だけど、そうして足踏みしている間に世界の方が回り始めて――。
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ここまでお読みいただきありがとうございます。
悩む暇などなく、このあと怒濤の展開となります。お楽しみに!
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