第34話 猫耳な彼女は可愛い


 テストまで4日と迫ったある日。

 いつものように瑠璃のマンションを訪ねると、寝室から物音が聞こえてきた。



「大丈夫か!」



 俺は慌ててドアを開いて寝室に入る。するとそこには――



「ははは颯人きゅんっ!?」



 下着姿の瑠璃が床に尻餅をついていた。



「!!!!!!!???????」



 突然のことで思考がフリーズする。

 瑠璃は黒いレースのブラジャーとショーツを身につけており、それ以外に服を着ていなかった。そしてなぜか頭には猫耳カチューシャを付けている。



(まったく意味がわからない……!)



 けれど、猫耳下着姿の瑠璃はエロ可愛かった。

 写真集に写るアイドルが目の前に飛び出してきたような、非現実的な光景に思わず見蕩れていると……。



「着替えるので出ていってもらえると助かりましゅ……」


「すまんっ!」



 今にも消え入りそうな声で恥ずかしそうに胸を押さえる瑠璃。俺は慌てて寝室を飛び出した。



 ◇◇◇



「覗くつもりはなかったんだ!」



 それから10分後。俺は寝室の床に頭を擦りつけた。全力土下座だ。

 以前もこんなことがあったような気がする。



「頭を上げてください。ドアを閉め忘れたわたしも不注意でした」



 急いで着替えたのか、瑠璃は仔猫がプリントされた白いパジャマを着ていた。

 おそらく下にはまだ大人な黒いレースの下着を身につけているだろう。

 瑠璃はベッドに腰掛け、猫のヌイグルミを両腕で抱きしめながら真っ赤になった顔を隠す。



「それでその……見ましたか?」


「す、すまない。バッチリ見ちまった」


「うぅ。そうですか……。まさか猫耳をつけているところを見られるなんて」


「え? ああ、そっちね」


「なんのお話だと思ったんですか?」


「……ノーコメントで」



 下着ではなく猫耳を見られたのが恥ずかしかったようだ。蒸し返すと話がこじれるので黙っておこう。


 改めて事情を訊いてみると、着替えてる最中にバランスを崩してその場に尻餅をついたらしい。ちょうどその時、俺が寝室の前を通りがかり現場に駆けつけた……というわけだ。



「どうして猫耳を付けようと思ったんだ? 実はコスプレをする趣味があったり?」



 瑠璃は以前から大人っぽさに憧れていた。黒いレースの下着を着て冒険したくなる気持ちもわかる。だが、猫耳はまったく別の話だ。

 俺の問いかけに瑠璃は首を横に振りながら苦笑を浮かべる。



「千鶴さんじゃないんですから、コスプレの趣味はありませんよ」


「その言い方だと千鶴さんがコスプレイヤーのように聞こえるんだが」


「そうですよ」


「そうなの!?」


「メイド服も千鶴さんの私物です。彼女の本職は秘書ですから」


「言われてみればたしかにメイドと名乗ったことはないな」



 突然告げられる衝撃の事実。あの格好はただの趣味だったのか。



「猫耳はわたしが小学校の頃に千鶴さんがくださったもので。当時流行っていたアニメの真似をして遊んでいたんです」


「どうしてそんなものを引っ張り出してきたんだ?」


茉莉まつりさんの意見を参考にしました」


「待ってくれ。どうしてそこで母さんの名前が出てくるんだ」


「以前名刺をくださったじゃないですか。あの日から連絡を取り合ってるんですよ」



 俺の問いかけに瑠璃はスマホを取り出して、思いもよらない答えを返してきた。



「お勉強で颯人くんの帰りが遅くなる日も多いので、そのたびに確認を取っているんです」


「マジか……」



 突然告げられる衝撃の事実その2。いつの間にか母さんと瑠璃が仲良くなっていた。言われてみればこの1週間と数日、小言をもらった覚えがない。



(まさか裏で連絡を取り合っていたとは……)



 母さんの立場から見ると、俺はバイト帰りに女の子の家に入り浸っている放蕩ほうとう息子だ。それでも文句を言わないってことは――



「息子を頼んだ。せっかくだから朝までみっちりとしごけ、と仰ってましたよ。教育熱心なお母様なんですね」


「そ、そうだな。将来を考えて俺を無理やり私立に入れたくらいだからな。ははは……」



 汚れを知らない無垢な笑みを浮かべる瑠璃に対して、俺は乾いた笑い声をあげる。

 母さんの言葉の真意は朝帰りを推奨するものだ。母さんの悪ノリは瑠璃にはまだ早い。



「もしかして下着も母さんが選んだのか?」


「下着選びに悩んでいると伝えたらこころよく相談に乗ってくださいまして。勝負? とやらを仕掛けるには猫耳も有用だと」


「そっちも母さんの入れ知恵だったか……」


「颯人くん……ではなくて、一般的な男性は猫のように甘えてくる女性が好みだとか。大人な女性を目指すなら、いざという時に備えて日頃から着慣れておけと」


「それでお試しで猫耳になっていたのか」


「はい。ですが鏡に映った自分の姿を見たら恥ずかしくなってしまいまして。慌てて着替えようとしたところ転んでしまって」



 瑠璃は失敗しました、と舌をペロっと出して自分の頭を小突く。

 なんだその仕草。あざと可愛いかよ。



「それでどうでしょう?」


「どうって?」


「いえ、その……。どうせ恥ずかしいところを見られたのですから、直接訊いちゃおうかなと思いまして」



 瑠璃は猫のヌイグルミの手を取ると招き猫のように曲げながら、上目遣いで俺に尋ねてきた。



「颯人くんは猫耳お好きですかにゃん?」

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