第5幕 ケジメの中間テスト

第33話 勉強会はじめました

 ここから第5幕。最後までお読み頂けると幸いです。

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「勉強会?」


「2週間後は中間テストでしょう。日頃の感謝も込めて颯人くんにお勉強を教えたいのです!」



 週明けの月曜日。いつものように朝食を作っていると、瑠璃るりが我が意を得たとばかりに胸を張ってそう言った。

 詳しい話を聞いてみると、どうやら千鶴さん経由でオヤジさんに釘を刺されたようで。



「成績が奮わないと仕送りが減らされるだけでなく、颯人はやとくんが解雇される可能性もあります。颯人くんもクラスで10位以内に入る必要があるでしょう? だから協力しましょう」



 というわけで、日頃の家事の合間を見つけて勉強会を開くことにした。

 俺は英語が苦手で、瑠璃は数学と体育が苦手だ(体育はどうしようもない)

 だからそれぞれの苦手科目を教え合い、弱点をフォローし合うことにしたのだ。



 ◇◇◇



 そうしてあれよあれよという間に時は経ち、いよいよテスト4日前となった。


 週も半ばを過ぎた木曜日。

 俺は商店街へ赴き、ルーチンワークとなった夕飯の買い出しを行う。

 今日の献立は鯖の塩焼きときんぴらゴボウ、甘めの味付けの卵焼きに春キャベツを使った味噌汁だ。



(新タマネギと春キャベツのおかげで、味噌汁に深みと甘みが出るんだよな)



 瑠璃には先に帰宅してもらい、シャワーを浴びてもらっている。

 別にやましい流れではなくて、最近暑くなってきたから汗を流したいと申し出てきたのだ。



(瑠璃には前科があるからな。同じ部屋にいるときにシャワーを浴びたくなかったんだろう)



 またうっかりが発動して、裸や下着姿を披露したら敵わない。

 俺的には嬉しいハプニングだが本人にとっては死活問題だ。



「そろそろ帰るか」



 なんて呟いて、ふと思う。

 他人の家なのにとは。マンションに通うのにもすっかり慣れてしまった。


 映画デート(ということにしておく)から、俺たちの関係は進展がなかった。

 勉強でそれどころではなかったのもあるが、友達という間柄に落ち着いたのもある。



(けれど、今の関係はかりそめだ。契約が終わったらそれまでなんだから)



 俺と瑠璃が互いをどう思っているかは関係ない。

 周りからの圧力で引き離されることもあるだろう。

 実際にテストの結果次第で、俺はアルバイトを辞めさせられるわけで。



風馬かざまくん?」



 将来に対する不安について考えながら歩いていると、いきなり声をかけられた。

 後ろを振り向くと、ウチの学生服を着た女子生徒がマンションの前に立っていた。

 ブレザーを着崩しており、スカートも短い。派手ではないが化粧を決めている。いわゆる陽キャ組のギャルだった。

 この子の顔には見覚えがある。クラスメイトの……。



「山田さんだっけ」


八幡やわただよ。同じクラスでしょ。覚えてないの?」


「顔は覚えてる」


「あはっ。マジうける。風馬くん素直すぎー。天城さんしか眼中にないって?」


「すまん。そういうわけじゃないんだが」


「まあいいけど。同じクラスになってまだ一ヶ月しか経ってないかんね。これからボチボチやってこー」



 八幡さんはケラケラと笑うと、俺が持っているビニール袋を指差した。



「てか、風馬くん。このマンションに住んでるの? いが~い。お金持ちなんだ」


「いや、そうじゃなくて……」



 八幡さんの無遠慮な探りに俺は答えに窮する。

 夕食の材料を持ってマンションに入ろうとしたら、誰だって勘違いするだろう。

 俺が高級マンションに住んでいるとは思わず、興味本位で声をかけてきた……というところか。

 どうしよう。瑠璃がこのマンションに住んでることは……。



(よく考えたら住所は学校側にバレてるんだよな)



 名簿を見ればすぐにわかることだ。

 問題は俺が瑠璃の家に入ろうとしていることで。

 しかも、こうして目の前で目撃されているので言い逃れはできない。



(ええい、こうなったら……!)



 俺は努めて表情を崩さず、親指でマンションを指差した。



「実はこのマンション、天城さんちなんだ」



 クラスメイトの追求をかわすため、俺と瑠璃は付き合っていることになっている。

 ここで下手な嘘をついても話がこじれるだけだ。

 だからここはあえて包み隠さず、堂々と真実を告げた。

 八幡さんは納得したように頷いてニシシと歯を見せて笑った。



「そういうことね。風馬くんやるじゃん」


「誓って想像してるような関係じゃない。もうすぐテストだろ? 天城さんと一緒に勉強してるんだ。天城さんの名誉のためにもそこは勘違いしないでくれ」


「わかってるって。そう怖い顔しないでよ。最近の風馬くん、丸くなっていい感じなんだからさ」


「え……? そ、そうか。ありがとう」


「あはは! そうやって素直にしてると大きなワンコみたいで可愛いよ。それじゃあまたねー」



 思わぬ評価に俺は頭を掻きながら礼を述べる。

 八幡さんは人懐っこい笑みを浮かべると、手を振りながら駅がある方向へ歩いて去って行った。



「なんとかなった……のか?」



 あとは彼女の良心に任せよう。

 必死に弁明すればするほど怪しくなるからな。


 瑠璃のマンションは駅近くにある。

 電車通学してる生徒も多く、顔見知りと遭遇する確率は元から高かった。

 これまで一度も顔を合わせなかったのが奇跡と言えるだろう。



(通うのが慣れすぎて油断してたな。今後は気をつけないと)



 ◇◇◇



「ごめん。遅くなった」



 八幡さんとのやり取りで遅れてしまった。俺は慌てて玄関のドアを開けて廊下に上がる。

 と、そこでいつもとは違う光景が広がっていることに気がついた。



「寝室のドアが開いてる……?」



 寝室のドアが開いており、外に明りが漏れていた。どうやら閉め忘れたようだ。



(寝室に入るなと言われてるんだよな)



 寝室の前を通らないとキッチンへ辿り着けない。ナマモノもあるから早く冷蔵庫に入りたい。



(自分から覗きに行かなければ平気だろ)



 転ばないように薄目を開きながら、そろそろと廊下を進むと――。




 ――ドタンっ!




 ドアの隙間から何かが倒れるような音が聞こえた。

 まさか瑠璃が中で倒れているのか!?



「大丈夫か!」



 俺は慌ててドアを開いて寝室に入る。するとそこには――。



「ははは颯人きゅんっ!?」



 頭に猫耳のカチューシャをつけた、下着姿の瑠璃が尻餅をついていた。




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