第14話 日々を噛みしめるように


 放課後。西日が差し込む通学路にて、鞄を手にした天城さんが声をかけてきた。



「わぁ! 偶然ですね。そこまで一緒に帰りましょうか」


「このくだり毎回やるつもりなのか……」


「もうお忘れですか? 偶然を装って一緒に歩こうと約束したじゃないですか」


「声が大きい」


「あ……っ、ごめんなさい」



 俺は人差し指を立てて天城さんを注意をする。

 天城さんは慌てたように周囲を窺い、安堵のため息を吐いて俺の隣に並んだ。



「よかったです。誰にも聞かれてませんでした」


「気をつけてくれよ。俺が気を張っても天城さんが口を滑らせたら元も子もない」


「ふふっ」


「どうして笑うんだ?」


「みんなに内緒の関係だなんて、なんだかエッチだなって」


「どこからそういう発想が生まれるんだ……」


「あっ! 別にやましい意味ではなくて。いやらしい関係……いえ、背徳的と申しましょうか!」



 俺が呆れてジト目で見つめると、天城さんは大慌てで両手を振った。

 失言に言い間違えを重ねて顔が真っ赤だ。慌てる天城さんも可愛い。



「風馬くんと秘密を共有してドキドキしてるんです。でも、それが楽しくて」


「言いたいことはわかる。スパイ映画みたいでスリルがあるよな」


「ですよね!」


「だがしかし」



 俺はキリッと表情を引き締めて天城さんに詰め寄る。



「俺もバイトで面倒を見てるんだ。残りの金のためにも天城さんにはしっかりしてもらわないと」


「ですよね……」



 やや高圧的に言いつけると、天城さんは叱られた子犬のようにシュンと肩を落としてしまった。

 普通の人間ならビビって逃げ出すところだが、天城さんは俺を怖がらない。千鶴さんに叱られ慣れているのだろう、厳しく言っても平気なようだ。



(天城さんの扱い方が段々とわかってきた……)



 報酬も欲しいが、それより大事なのは責任を持って天城さんの面倒を見ることだ。

 甘やかすだけではダメだ。時には厳しく言うのも大事だと母さんに教わった。



「それじゃあ、周囲にバレないように……」



 天城さんはもう一度あたりを確認したあと、数歩下がってから手を振った。



「あっ、風馬くん。偶然ですね。今お帰りですか? よければ一緒に帰りませんか?」


「そこから仕切り直すのか……」



 これ以上突っ込んでいられない。

 出来すぎた偶然ということにして、俺は天城さんともう一度肩を並べて歩いた。



「ふふっ。偶然って怖いですね」


「まったくだよ」



 茶番劇が気に入ったのだろう。天城さんは楽しそうに微笑んだ。

 厳しく言おうと決めたところだが、こんな笑顔を前にしたらどうしても気が緩む。



(今はいいか。それより天城さんと喋っていたい……)



「どうかしましたか?」


「なんでもない」



 俺は天城さんへの淡い気持ちをおくびにも出さず、二人きりの時間を噛みしめるようにゆっくりと歩みを進めた。



 ◇◇◇



 今朝と同じように時間差でマンションに戻ったあと、俺はキッチンに立つ。



「本当に甘えてもよろしいのですか?」


「毎日外食だと飽きるだろ? ゴミ捨てと皿洗いは俺がやるから、これからは家でもメシを食べるんだ」



 契約では、天城さんの食事の世話をしろとも言われている。

 今日は母さんも仕事で家にいない。帰りが遅くなっても平気だろう。

 それに……。



「俺の作った弁当を気に入ってくれたみたいだから。どうせならしっかりとしたモノを食べさせたいなって……。ダメか?」


「そんなことありません!」



 俺が探り探り訊ねると、天城さんは声を大にして首を横に振った。



「こちらからお願いしようと思ってました。ご迷惑でなければ毎日のように作りに来てください」


「考えておくよ。天城さんが飯代を奢ってくれると家計が助かるからな」


「ふふっ。持ちつ持たれつ、というわけですね」



 俺の冗談(半分は本気だ)を受け入れて天城さんは笑ってくれた。

 俺のしたことで人に喜ばれると素直に嬉しい。やる気も出るってものだ。

 天城さんはリアクションがいいから俺もつい甘やかしてしまう。



(毎日は無理だとしても、週に2,3度なら一緒にメシを食べても平気だろう)



 日持ちするおかずを作っておけば、レンジで温めるだけで食べられる。

 それくらいなら(失礼な言い方だが)天城さんでもできるはずだ。



「苦手なものはあるか?」


「アレルギーはありませんけど辛いものはちょっと……。カレーはいつも甘口です」


「了解。覚えておく」



 天城さんは甘党なんだろう。昼もクリームパンとイチゴ牛乳の組み合わせだった。

 俺はどちらかというと塩辛いのが好きだが、ここはお嬢様の舌に合わせよう。


 ――と、冷蔵庫を開けたところでハタと気がつく。



「そうだった! この家、食材がないんだった!」



 天城さんは自分で料理をしない。だから冷蔵庫に飲み物しか入っていなかった。



「食材を買ってくる。天城さんはテレビでも見てくつろいでてくれ」


「おでかけですか? でしたら……」



 ◇◇◇



「風馬くんもお夕飯の買い物に? 偶然ですね。わたしもなんです」


「二度あることは三度あるからな。はは……」



 天城さんのわざとらしい台詞に俺は乾いた笑い声を返す。

 俺と天城さんは時間差でマンションを出たあと、駅と学校の中間地点に位置する『棚橋たなばし商店街』に向かった。




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