第15話 商店街でお買い物デート


 俺と天城さんは時間差でマンションを出たあと、駅と学校の中間地点に位置する『棚橋商店街』に向かった。

 天城さんはアーケード街に並ぶ様々な店舗を前にして、子供のようにキラキラと目を輝かせる。



「商店街に来たのは初めてです。いろいろなお店が並んでて、まるでテーマパークみたいですね」



 商店街には精肉店、八百屋、酒の問屋にプラモデル屋、古本屋と理髪店……と、バラエティーに富んだ昔ながらの老舗が軒を連ねていた。



「風馬くんはいつもこちらの商店街に?」


「ガキの頃からの常連だな。散髪もその辺りの店だ」



 駅を挟んで反対側には全国展開している有名なデパートがあり、商店街は苦戦を強いられている。その分だけ負けじと安くしており、老舗ならではの質の良い食材も揃えられるため重宝していた。



「さっそく食材を買いに行こう。まずは八百屋だ」



 俺は天城さんを連れて馴染みの八百屋に向かう。店頭に並んでいるジャガイモを吟味していると――



「おい、坊主」



 店主のおっちゃんが制服の袖をクイクイっと引っ張ってきた。物珍しそうに野菜を眺めている天城さんに聞こえないよう、小声で話しかけてくる。



「あんな可愛い子、どこの畑で穫ってきたんだ」


「人を野菜みたいに言うな。たまたま偶然一緒に買い物をしに来た、ただのクラスメイトだよ」


「なんだつまんねぇ。坊主にも春が来たと思ったのによ」


「酒の話題を提供できなくてすまないな」



 おっちゃんは母さんの店『茉莉花ジャスミン』の常連だ。下手に噂を広められたら困る。



(そう考えると商店街に来たのは失敗だったか……)



 いつもの癖で商店街に来たが、天城さんとの関係を隠すならデパートに寄ればよかった。だけど……。



「見てください風馬くん。色とりどりのお野菜が並んでいますよ!」



 天城さんは商店街に足を踏み入れた時から、終始目を輝かせていた。普段は商店街に立ち寄らないから、目に映るものすべてが新鮮に映っているのだろう。

 水を差すのも悪い。対策は後で考えるとして……。



「せっかくだから何か買ってみる? ちなみに今日はポトフにする予定だ」


「わぁ、偶然ですね。ウチもポトフにするつもりだったんです」



 無事に意図が伝わった。天城さんは茶番を続けて、ポトフに使う材料を選ぶ。



「えっと……ポトフってなにが入ってましたっけ」


「うん。そうなるだろうなと思った」



 俺はグループチャットを使い、天城さんにポトフのレシピを送った。

 俺が代わりに買ってもよかったが、こういうのは形から入るのが大事だ。

 天城さんはスマホを眺めながら「なるほど」と呟いて、八百屋のおっちゃんに声をかけた。



「そちらのタマネギを見せてくださいませんか」


「このタマネギに目を付けるたぁ、やるねぇ嬢ちゃん。そいつは淡路島で採れた極上品のタマネギだ。煮ると甘くなってね。一度食べると病みつきになるよ」


「では、そちらのタマネギを3つ。奥のニンジンもください。あとは……」


「インゲンとジャガイモも追加だ」



 俺は横から手を伸ばして、店頭に並ぶインゲン豆を指差した。



「大目に買うからニンニクをオマケしてくれ」


「あいよ。持ってけ泥棒」


「まあ! 風馬くん泥棒さんなんですか。犯罪はいけませんよ。めっ」


「そういう決まり文句なんだよ」



 天城さんは小さな子供を叱りつけるように指を立てて注意してきた。可愛いかよ。

 俺が内心で悶えていると、野菜を袋に詰めていたおっちゃんがニヤリと笑った。



「なんだ夫婦漫才か。やっぱ付き合ってんじゃねぇのか」


「だから、たまたま偶然奇跡的に一緒になっただけだって。なあ、天城さん」


「夫婦だなんてそんな~。おじさまったらお上手ですね」



 天城さんはまんざらでもなさそうな笑顔を浮かべて身悶えていた。

 気を良くしたのだろう。店頭に並ぶセロリを指差す。



「こちらのセロリもください。言い値で買い取ります」


「あいよ。100万円」


「カードで」


「天城さん。いまのも冗談だから……」



 天城さんは現金を持ち歩いていないようだ。

 俺は財布を取り出して、ニコニコ現金払いで買い物を済ませた。

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