第16話 風馬颯人は料理をする


 商店街からマンションに戻る頃には、すっかり日が暮れていた。

 夕食の支度を進めるにはちょうどいい頃合いだ。俺は再びキッチンに立ち、制服のままエプロンを身につけた。



「さっそく料理に取りかかるぞ」


「わ~、ぱちぱちぱち」



 買ってきた食材を調理台の上に並べていると、傍にいた天城さんが呑気に拍手を送ってきた。



「本当に隣で見てるつもり?」


「はい。いつかわたしもお料理を作りたくて。見ちゃダメですか?」


「ダメじゃないけど……」



 出た。天城さんのウルウル上目遣いおねだりだ。俺はこの顔に弱い。



「わかったよ。ただし包丁を握ってる間は近づかないように。火を使ってるときもダメだ。何か手伝ってほしい時は声をかける。それまで大人しくしててくれ」


「はい! よろしくお願いします先生」


「先生はよしてくれ……」



 お出かけのノリが続いているようだ。

 天城さんは目をキラキラと輝かせながら、気合いのガッツポーズを作る。

 隣で見守られると緊張するが、天城さんには美味い飯を食べさせたい。

 俺は気合いを入れて料理を開始した。



「まずはポトフからだ」



 引っ越してきた際に調理道具は一式揃えていたようだ。俺はポトフを作るべく、底の深い鍋を取り出してお湯を沸かした。

 その間にジャガイモとニンジン、タマネギ、ニンニク、肉屋で購入したソーセージも食べやすい大きさにカットする。

 俺の包丁さばきを見ながら、天城さんは感心したように声をあげた。



「見事な手際ですね」


「母さんに仕込まれてるからな。あの人、家事はできないが料理の腕は確かなんだよ」



 地方にある料亭の一人娘だとか言っていた。

 蒸発したオヤジの顔がチラつくらしく、昔のことはあまり話したがらないが。



「そろそろだな」



 具材がひと煮立ちしたらスープの味見だ。

 ソーセージの塩気とコンソメで味を出し、野菜の旨みで深みを出している。

 調味料で味を調えたあと、小皿にスープを載せて天城さんに味見してもらった。



「ちょうどいい湯加減です」


「それを言うなら塩加減な」



 天城さんの舌に合ってるならそれでいい。

 最後にインゲン豆を入れてフタをして、具材に火が通るまで軽く煮込めば……。



「ポトフの完成だ」


「わぁ~、いい匂い。美味しそうです♪」



 完成したポトフを器に移したあと、風馬家特製のマッシュポテトやバケット(フランスパン)をダイニングテーブルに並べる。

 マッシュポテトは片手間に作ったものだ。家で毎日のように作っているので何も考えずに手が動く。



「時間があれば他にも作ったんだけど、今日はこれくらいで勘弁してくれ」


「十分です! いつもはパンだけで済ませちゃいますから。さっそく頂いてもよろしいですか?」


「もちろんだ」


「では、いただきます」



 俺と天城さんはテーブルに就くと、一緒のタイミングで手を合わせる。

 天城さんは待ちきれない、とばかりにポトフを食べ始める。



「こ、これは……!」



 ポトフをひとくち食べた天城さんの目が驚愕と感動、恍惚の色に染まる(ように俺には見えた)。



「澄んだ黄金色のスープに潜んだ深みのある野菜の味わい……。ゴロっと切られたジャガイモとニンジンは柔らかすぎず硬すぎず、味もよく染みこんでいます。それにこのソーセージです」



 天城さんはフルフルと手を震わせながら、スプーンでソーセージの切り身をすくい上げる。



「表面はパリっとしているのに中はプリっとしていて。噛むとお口の中にジュワっと油が広がり、野菜スープの甘みと旨みがお口の中で合わさって……」



 何だかもったいぶった言い方だ。最後に天城さんは声高に叫んだ。



「星5つ(☆☆☆☆☆)です。このレシピに、いいねとブックマークを押しまくります!」


「ありがとう。そこまでストレートに褒められると素直に嬉しいな」


「そりゃあ褒めちぎりますよ! 今まで食べたどの食事より美味しく感じます。きっと風馬くんが愛情を込めて作ってくださったからでしょうね」


「愛情って……」


「あっ。ごめんなさい。調子に乗りました」


「毒を盛ったつもりはないから別にいいけど……」



 俺も天城さんも揃って頬を赤く染めながらポトフを口にする。

 愛情とはいかないまでも、美味しく食べてほしくて気合いを入れたのは本当だ。



「今日は揚げ物をする時間がなかったけど、明日はポテトコロッケに挑戦しよう。天城さんにも手伝ってもらうからな」


「ぜひぜひ! 優しく指導してくださいね。風馬先生♪」


「だから先生はやめろっての」



 それから俺たちは楽しい食事の時間を過ごした。

 主観的な感想だが、天城さんも終始笑顔だったので外れてはいないだろう。


 付き人なんて最初はどうなることかと思ったけど、どうにか初日を乗り越えられた。難しく考えることはない。日頃から行っている家事の延長で身の回りの世話を焼けばいいだけの話だ。


 俺がお世話して天城さんが笑顔になって。

 それでお金まで貰えるのだから良いこと尽くめだった。




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 これにて2幕は終了となります。


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 天城さん「このお話に、いいねとブックマークを押しまくります!」




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