第4話 新しい風
気密室の中を指定された一〇一三ヘクトパスカルに固定し、直径二メートルのドーナツ状の機械の内側に二つの世界の接続境界面を発生させる。ぼやけていた境界面が次第にハッキリとしていく。リングの中の穴に像が浮かぶと胸に空いた穴も徐々に満たされていくような気がした。円形の機械の向こう側に別の宇宙が覗き見える。そして別の宇宙からもこちらを覗き見る人影が見えた。
「靖枝!」
見たこともない少女が私の名前を口にする。物語に登場する魔法使いのように杖を持ち、ケープを羽織った腰マントの少女。年齢は十歳に違いない。
「典子!」
私は少女が典子の生まれ変わりだと確信していた。
「十年ぶり」
「典子なら典子ってメールに書いてよね」
「自己紹介は余分だね。研究内容だけ伝えれば」
「トラックに轢かれたあとどうなったの?」
「並行世界で生まれ変わったんだ。いわゆる異世界というやつだね」
にわかには信じがたいが目の前にいる少女が典子だという事実が話の信ぴょう性を持たせる。
「生まれ変わっても前世の記憶を持っていたの?」
「元々記憶力はいい方だったからね。生まれ変わっても忘れなかったようだ」
「その世界って私たちの世界みたいなの? その恰好だと違うような気がするけど」
「科学技術は発展していない、迷信を信じる世界で大変だったよ」
「科学技術が発展していなくてどうやってネットワークに接続したの?」
「化学は発展してなかったけど、魔法は発展してたんだ。だから魔法の理論を研究して魔法コンピューターを作ったんだ。半導体はなかったけど、魔法がそれの代わりになってくれたよ」
典子は持っていた杖を指さした。
「それから通信技術もなかったから、電気魔法と磁気魔法を組み合わせて電波魔法を生み出してね」
「そんなことまで」
「並行世界を繋げる装置の開発まではあと十年はかかりそうだったから、そちらの世界が繋げてくるのを待っていたんだ。きっと時空位相差発電を開発するはずだから」
「それで起動実験の時にネットワークに侵入したのね」
「環境が残っていたし、パスワードも変更されていなかったら助かったよ」
「残ってなかったらどうするつもりだったの?」
「何とでもやりようはあるさ」
「典子が考えた時空位相差発電だけど、ダメになっちゃったね」
「靖枝がプレゼンをした日――私が死んだ日だけど、あのとき時空位相差発電の欠陥に気づいたの。それで接続時空を安定させる方法を考えるのに夢中になっちゃってトラックに轢かれたわけ。でも、実は新しい発電方法はそれより先に思いついていたの」
「あの時、閃いたことって……」
「あの日、靖枝のプレゼンを見て思いついたの。安全な発電方法を。どうしてもそれを伝えたくて」
「私の……プレゼンで?」
「靖枝はいつも私に新しい風を運んでくれる」
不安定な時空位相差発電に代わり、新しい安定したクリーンな発電方法が典子からもたらされた。
異世界発電だ。
低地に建設された発電所が異世界の高地に建設された発電所と接続された。直径十メートルのリングを通じて気圧差によりこちらの世界から異世界へと風が流れる。それによりリング前に設置された風車を回す。
逆にこちらの世界の高地と異世界の低地が接続され、異世界からの風が風車を回す。
二つの世界を循環する風による風力発電の完成だ。
こちらの世界と異世界とを繋ぐ二つのリングの交換。
私の世界と典子の世界が一つになった。
典子と二人並んでそれを見る。
繋がれた手から典子の暖かい体温が伝わってきた。
(了)
ふたりの異世界発電プロジェクト 楠樹 暖 @kusunokidan
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