第3話 時空位相差発電

 典子の死から十年。典子が残したファイルを参考に時空位相差発電の開発は続けられた。技術的問題に直面すると典子の走り書きを順に眺め「典子ならこんなときどうするだろう?」と考えると不思議と解決策が浮かんできた。そのときの私の思考回路は典子であり、私自身が典子になっているという感じを受けた。ひょっとしたら天国の典子が私に霊感を授けているかもしれない。そんな非科学的なことを言ったら典子にバカにされそうだ。

 時空位相差発電の実験機が完成しその記念すべき最初の起動が行われた。実験は一秒間だけ。僅か直径1ミリの球形の時空穴を開けるために1キロ×1キロの施設の機械がフル稼働する。開けられた穴は並行世界にも同時に穴となり現れる。二つの並行宇宙を繋げる穴と穴。若い宇宙の並行世界からエネルギーが流れてくる。典子の理論通りの数値が得られた。今は十秒だけだがこれからは徐々に起動時間を増やしていく予定だ。そしてエネルギーを取り出すことに成功すれば、それを電力に変換し時空穴を維持するエネルギーに使用でき、持続可能な発電システムが運用できるのである。

 典子の研究理論がやっと実を結んだ記念すべき日である。


 実験室から部屋へ戻り報告書をまとめようとしたが実験の成功によりそれまで張りつめていた緊張が解けたのか眠気が襲ってきた。ワークステーションのモニタの前に座り舟を漕ぎ始めてしまった。

 気がつくと十分ほど経っていた。モニタにはメール新着の知らせが届いていた。メールを開いて文面を見てみる。

『時空位相差発電は危険だ』

 送り主は典子のアカウントからだった。

 それだけしか書いていなかった。十年前のメールが遅延して今頃届いたのか? 送信日を確認すると今日だ。いったいどういうことだろう? 誰かが典子のアカウントでログインをしてメールを送ったのだろうか? その日は頭が痛くなり複雑なことは考えられなくなり、早めに研究所を出た。


 次の日の実験は時間を二秒に延ばして行われた。時空穴は安定しておりエネルギーも理論通りの数値が得られている。今のところ実験は成功である。しかし、部屋へ戻るとまた典子からのメールが届いていた。典子のアカウントを使えるのは私だけ。ひょっとして典子の思考を追ううちに私自身が典子の人格を生み出してしまったのか? 自分で典子を演じて自分に宛ててメールを書いているのでは? しかし、ログイン履歴を確認すると実験機を起動している時間だった。その時間、私を含めスタッフの多くは実験室にいてログインすることはできないはず。まさか典子の亡霊が?

 実験は順調に進み、次の日も実験中にログインがありメールが送られていた。

『時空位相差発電の開発をやめろ。詳細はファイルに』

 しかし、それらしいファイルは存在していなかった。

 その次の日、今度は時間が一分間に伸ばされ実験が行われた。

『時空位相差発電の開発をやめろ。詳細はファイルに書いた』

 今度は圧縮されたファイルが追加されていた。昨日は強制的にログアウトされファイルが置けなかったようだ。

 ファイルを展開すると時空位相差発電の欠点が書いてあった。送り主が誰という情報は一切書いてなく、いきなり数式が走り書きしてあった。この感じは前にもあった。典子だ、典子に違いない。ファイルから典子の気配を感じ取った私はファイルの内容を精査した。確かに危険だ。

 典子の時空位相差発電の理論には欠陥があったのだ。

 私は室長のところへ行き時空位相差発電の開発中止を訴えた。

「何がどう危険なんだい?」

「時空位相差発電で二つの宇宙の接触自体は小さい範囲です。でも長く接触しているとエネルギーが一か所に集まってきてしまうのです」

「それの何が問題なんだい?」

 送られてきたファイルには必要最小限のことしか書かれておらず『それだけ書いたんだから後は分かるだろ』という感じになっている。実際読んだ私は理解した。でも、その説明を所長にしても通じない。

 典子が普通の人に対して感じていたもどかしさが今なら理解ができる。

「一か所に集まったエネルギーは密度が高くなり、どんどんと並行宇宙のエネルギーを吸収してしまうんです」

「まだよく分からないんだが」

「つまり、並行宇宙とのあいだに空いた時空穴がマイクロブラックホール化してしまうんです!」

「何っ!」

「単なるマイクロブラックホールならやがて蒸発してしまうでしょうが、位相差エネルギーの供給を受け続け蒸発することはなくその場に停滞し続けるのです。いわば台風が勢力を保ったままずっと同じ場所に居続けるようなものです。いや違います。勢力を拡大し続けです」

「そして、マイクロでなくなるブラックホールが地球をも飲み込む……と」

 やっとのことで所長も理解をしてくれた。世界のエネルギー危機を救うはずの時空位相差発電が世界の崩壊を招いてしまう。

 その次の日、今度は時間が十分間に伸ばされ実験が行われた。使い続けると危険だとされる時空位相差発電だが、新たな情報が届くかもしれないと実験は続けられたのだ。

 そして、新たなメールが届いた。

 添付されたファイルには他にも二つの世界を安定して繋げる方法も載っていた。ただし、その方法では時空位相差を利用できなくなるため発電はできなくなる。次世代エネルギーの雄としての時空位相差発電はもはや危険は発電として利用ができない。開発は中止となる見込みだろう。しかし、二つの世界を安定して接続する実験は予算の範囲内で続けられた。

 二つの世界を安定して繋げる方法は細かく指示が書き込まれていた。時空穴を球ではなく円にして次元を一つ落とすことで安定性を確保するのである。また時空位相差のエネルギーの流れがないため、時空穴を大きくすることができる。指示された方法に沿って並行世界接続リングの開発が進められた。

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