第2話 次世代エネルギー研究所
最初に書いた時空位相差発電の論文により典子と私に次世代エネルギー研究所からオファーがあった。元々典子は大学院に進むつもりで就職活動はしていなく、院に進むつもりのなかった私が次世代エネルギー研究所へ行くと話をしたら一緒に行くと言った。そして大学を卒業し二人は次世代エネルギー研究所で時空位相差発電の研究を続けることになった。
研究所では、典子の報告書も私が書いていた。(本当はいけないのだが)典子のアカウントのパスワードを教えてもらい典子の研究中のファイルから報告書を起こして代わりに提出をしていた。典子には研究に専念してもらい雑務は私が受け持つという分担だ。
典子と私はまるで人間の右脳と左脳のようなものだ。右脳の典子がアイデアを出し、左脳の私が言語化する。二人で一人の人間。脳梁という絆で結ばれた二つの半球。それが私達だった。
ある日、内閣が替わり文部科学大臣も新しい人へと代わった。次世代エネルギー研究所でも新しい文部科学大臣への研究内容の説明を行うことになった。白羽の矢が当たったのは新人の私だ。畑が違う人への説明は気を使う。いかに分かりやすく伝えるかを考えなければならない。短い時間の説明で研究の重要性をアピールし、研究内容を理解してもらう。説明に失敗すれば重要な研究とは認識されずに予算も貰えず研究も頓挫してしまう。幸いにも私は典子の相手をしていてそういうことは得意である。色々と小道具を用意してプレゼンを行った。
「……では本題の時空位相差発電についての説明です。世界はこの世界の他に無数の多元宇宙が存在します。並行世界、パラレルワールドとも呼ばれています」
用意した風船の一つを膨らませた。
「この風船が今私達のいる宇宙だとします。宇宙の始まりビッグバンにより膨張を続けています」
もう一つの風船を膨らませた。今度は最初のよりも小さめに。
「この風船がもう一つの宇宙です。宇宙全体のエネルギー総量はどちらの宇宙も同じと考えてください。私達の宇宙よりも後に誕生したのでそれほど膨張していません。つまりエネルギー密度が高い状態です。この二つの風船を繋げます」
バルブの付いた管に二つの風船の口を繋いだ。
「このバルブを捻ると二つの風船の中の空気が移動します」
バルブを捻るとシューっと音を立てて空気が流れた。
「このように、小さい風船から大きい風船に空気が移動します。大きい方から小さい方へ空気が移動して同じ大きさになるかと思われますが、小さい風船の方の気圧が高く、気圧の低い大きな風船の方へ空気が移動するのです。この空気の移動がエネルギーの移動になります。宇宙空間の真空は実際には何もないわけではなく、偽の真空といってエネルギーが含まれています。若い宇宙ではこのエネルギー密度が高い状態で、小さい方の風船です。宇宙は徐々に膨張をし、古い宇宙ではエネルギー密度が低い状態で、大きい方の風船です。このように、時空位相差発電では二つの世界を繋げることでエネルギーを生み出す仕組みなのです」
「それだと、小さい方の風船のように相手先の世界が無くなってしまうのではないですか?」
小さい方の風船は完全に萎んでしまい、中の空気は大きい方の風船へと移ってしまっていた。
「それは大丈夫です。接触をさせるのは極小さい範囲です。実用化では一立方メートルの大きさで、宇宙の広さに対して無視できるほどの大きさです。それでも全世界の現在の電気使用量を賄うだけのエネルギーを余裕で得られます」
文部科学大臣の反応は上々だった。
「どうだった? 典子」
「位相の説明がなかったね。だからポテンシャルエネルギーのことにも触れられないし」
「そんなこと言い始めたら一年かかっちゃうわよ」
「あと、自己紹介は余分だね。研究内容だけでいいよ」
「そういうわけにはいかないの!」
典子にとって人間よりも理論の方が興味の対象であり、人間の説明をする時間があったら理論の説明をして欲しいと思っているようだ。
「あと、風船を見ていて新しいことを閃いた。あとで考えを整理してファイルに書いておくよ。靖枝はいつも私に新しい風を運んでくれる」
そういって典子は会議室を飛び出して自分の研究室へと走っていった。
そして、その日に典子がトラックに轢かれて亡くなった。
目撃者の証言によれば、タブレットを操作している典子が赤信号に気づかずに横断歩道に突っ込んだらしい。
接待に付き合わされた私はその日典子とは一緒に帰らなかった。一緒に帰っていればタブレットを操作する典子を諫めることもできただろうに。たとえタブレットを手放さなくても赤信号で止めることはできたはず。いくら悔やんでも後悔の念はおさまらない。
ワークステーション中の典子のフォルダには研究中のファイルがいくつか存在し、それを私が引き継ぐということにして典子のアカウントは消さずに残してもらった。
典子のアカウントは残ったが私の中の典子は消えてしまった。ぽかんと開いた胸の空白は決して埋まることはなかった。
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