第44話 同盟入りと木造要塞 (第十一章完)

 いずれ北方の強国スタニスラフと事を構えないといけないのだが、そのためにはユーハイム公国、ジロデ公国そしてエピオーネの軍を統制するだけの調練が不可欠だった。

 そこで、スタニスラフへの牽制の意味も込めて、中央に位置するユーハイムの郊外で練兵を行なっている。


「さすがにユーハイム公国とジロデ公国の軍はしっかりと動く。しかしエピオーネがなかなか慣れないようだが」

 デュバルはそばでエルフィンによる練兵を眺めている。


「まあ今は致し方ない。スタニスラフとの決戦に間に合えばいい。俺の計略がうまくハマれば、それほど訓練が行き届いていなくてもなんとかなるはずだ」

「ほう、それはどんな計略なんだ。ぜひ教えてもらいたいものだな」


 奏多はにやりと微笑んだ。

「策は知らないほうが楽しめるんだがな。準備のための人員はハイブ公爵から借りてはいるから、知ろうと思えばわかるはずだがな」

「あの人夫たちか。どこかで要塞でも築いているのか。確かにスタニスラフをにらんだ位置に要塞があれば、本国が直接脅かされる心配はなくなるが」


「そこまでわかっていれば、俺がなにを考えているのか見えてくると思うんだがな」

「いや、さっぱりだ」

 デュバルの潔さはいっそ清々しい。


 専門外のことに興味は持っても、生かじりはしない。

 自身の専門がかなの護衛と一騎討ちにあるとわきまえているからだろう。

 だから、どんな計略かは知りたくても、専門外だから深く知ろうとはしない。


「楽しみにしてくれていいよ。おそらく驚天動地な策だからな」

「キョーテンドーチってなんだ」

「それもわからないんだね。単純にいうと、世の中があっと驚くようなって意味だ」

「あっと驚くような、ねえ。やはり気になるな。なにか手がかりはないのか」


「そうだな。土木工事を見ていればわかる、かもしれない」

「だから要塞の建設だろう。その要塞を使った計略、ねえ」


 まあわからないほうが、当日に驚く余地が残っているからな。

 今語ってしまうと誰かから漏れてしまう危険性もある。

 それがスタニスラフに伝われば、せっかくの計略が潰えかねない。

 今はどれだけ計画を秘匿できるかが勝利につながってくる。


「今は要塞の建設と、そこへ水を安定供給するために河を堰き止めて水路を設けさせているところだ」

「ユーハイム北部諸国とスタニスラフの中間に要塞を作るのは、そこに見張りを置いて牽制するためなんだろうが、今作らせている要塞は木造の簡易的なものだろう。そんなところに長期間兵を置くのはあまり意味がないような気もするが」


「要塞という言葉は難攻不落を思わせるから、あえて要塞と称しているけど、実際は砦だからな。しかし最初から砦と称してしまうと、スタニスラフは簡単に抜けるとたかをくくる。侮られないように要塞を建設しているわけだ」


「たいした詭弁だよ。言葉ひとつでただの砦が難攻不落の要塞になるんだから」

「でも、実際スタニスラフが要塞を奪いに来たら、あまりに拍子抜けしてスキを見せるかもしれない」


「ははは。まあ今の水準だとびっくりするわな。なにせ丸太を組んで板で矢を防ぐだけのものだから」

「それでスタニスラフが要塞に迫ってきたら対戦せずに駐留部隊を撤収させる」

「じゃあスタニスラフのために要塞を築いたようなものじゃないか」

「そのとおり。あえてスタニスラフに献上するために造らせている」


「それってリスクと見返りを考えればリスクが大きすぎないか。とても見返りがあるようには見えないんだが」


「今の段階で要塞を評価するのは尚早だ。実際完成して、スタニスラフを牽制できればよし。砦だと見抜かれて攻めてくればそれもよし。要塞は存在するというただそれだけで役に立つものなんだ」

「そんなものかね。まああまりに強固に作ってしまうと、俺たちが奪い返すのが難しくなる。難攻不落の要塞を造って、駐留部隊を戦わずに撤退させたら、スタニスラフの拠点になってしまうよな。カナタはそこまで織り込んでいたわけか」


「そういうこと。スタニスラフ軍を釘付けにするためにも、拠点となる要塞は不可欠だからな。スタニスラフに奪われる前提で計略を練っている」

 その言葉を不思議に思ったようだが、デュバルは領分をわきまえている。

 それ以上、要塞について言及することはなかった。


「それより、スタニスラフに従う中小国を調略するべく向かったカスパーだが、ひとりで行かせて本当にだいじょうぶなのか」

「彼女は元々ちょう隊の隊長だからな。商人に化けて諸国を巡るには都合のよい人物ではある。中小諸侯に会うのは難しくても、商人組合を通じてスタニスラフ造反のための下地作りはできるはずだ。カスパーさんにも言い含めたけど、今は無理をする必要はないんだ。本当に下地さえ作れれば目的は達成したも同然だからな」


「カスパーに切り崩しを頼んだとしても、諸侯に会うのは難しい。もし商人組合が政権へ働きかけてくれれば、ある程度の効果は期待できるだろうが」

「小耳に挟んだ、くらいの情報のほうが価値を持つ可能性もあるんだよ」

「それもリスクと見返りの問題なのか」


「そのとおり。カスパーさんが中小諸国で捕まるリスクを考えても、彼女の切り崩し工作が進んだときの見返りのほうが大きいから、まかせているんだ。そしてスタニスラフ戦できっと生きてくる。エピオーネ戦のようなことが起こらないともかぎらないからな」


「あのときは爽快だったな。中小国軍が相次いで離反し、エピオーネを完全な包囲下に押し込んだ。しかし今回はスタニスラフだぞ。無敵の雷電魔法を用いて破壊力抜群。兵も多いし訓練も行き届いている。今の盟主がユーハイム公国である以上、われらを倒して大陸の覇権を握るつもりだぞ」


「それはそれで平和になるのには違いないからな。俺の予想では四大国が並び立って共同で大陸を統治する体制を築けるはずだ。だがスタニスラフが勝てば、一国独裁が可能になる。どちらが民衆のための体制なのか。それを選ぶのは民衆自身だよ。為政者の側じゃない」


 民衆の支持を得ずして大陸を平和には統治できない。

 そのためにもスタニスラフ軍をこてんぱんに打ち負かす必要があった。

 その仕掛けがあの木造の要塞なのである。




(第十一章完結。次話より第十二章スタートです)


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 ここまでお読みいただきまして誠にありがとうございます。


 面白かったと感じられましたら、ハート評価や★評価、フォローなどしていただけますと、次作の構想を練る時間を確保できます。

 ほどほどかなと思いましたら、いよいよ大陸最強のスタニスラフとの戦が始まるところまで読み進めていただけたらと存じます。

 皆様に兵法物語を楽しんでお読みいただけたら幸甚です。




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