第42話 同盟入りと二正面作戦

 ユーハイム同盟軍は国境を越えた地点で陣を構えた。

 そしてスタニスラフとの正面をエルフィンに委ね、奏多は一軍を率いてエピオーネの守備にまわった。


 配置につくと護衛のデュバルが尋ねてきた。

「カナタ、もし今エピオーネが後ろから仕掛けてきたらどうする。スタニスラフとの挟撃を許してしまうのではないか。エピオーネを信頼するのは、カナタのいうリスクが高いような気がするんだが」


「さすがデュバル、そのとおりだ。これは挟撃のリスクをとりながら、エピオーネの取り込みを図る、一種の賭けだ。もし挟撃されたら敗北は必至だが、エピオーネが意気に感じてくれればわれらと行動をともにするだろう。そしてカスパーさんがいる以上、エピオーネ王の説得は成功すると信じている」


「カスパーは信じられるとは思うが、個人的な友誼だけをもとにするのはよくないのではないか」

「なに、そこは保険をかけてある。軟禁しているエピオーネ軍司令部の三名の命がかかっているからな。エピオーネとしては虎の子の将軍を失うより恐ろしいことはないはずだ。であれば自発的にわれらに協力してくれるはずだ」


 カスパーの説得工作が成功するためには、ユーハイム同盟に協力するほうが得だと示すべきだ。そのためにスタニスラフがエピオーネへ進軍するのを阻止するべく兵を率いているのだ。


「カナタ、斥候からの連絡だ。スタニスラフ軍は国内にとどまったまま出撃してこないらしい。どうやら先手がとれたようだな」

「こちらの反応が素早いことで、スタニスラフを牽制できたのは大きいな。これもカスパーさんの力となるはず」


「で、スタニスラフへ向けて進軍するか、それとも領内へ引き返すか、このまま配備を維持するか。カナタとしてはどうするのがいいと思うのか」


「カスパーさんが私のもとへ戻ってくるまでは配備を維持する」

「もし処刑されでもしたらどうする」

「その場合はエピオーネの軍司令部を処刑すればいい。たかがちょう隊の隊長と軍司令部三名を引き換えにするのは、バランスを欠くこと疑いない」

「これもリスクと利益を天秤にかけたのか」


「エピオーネ王にその天秤があれば、の話だがな。まあそのあたりもカスパーさんにゆだねていいだろう。さすがに輜重隊の隊長だけあって、損得勘定に長けているからな。外交交渉の能力はすでに相当なレベルに達している」

「どれだけ待機すればカスパーから朗報が届くと思うか」

「そうだな。おそらくすでに説得が終わっていて、今は早馬がこちらに向けて急行してることだろう。あと一刻もせぬうちにもたらされるはずだ」

 ユーハイム同盟軍をすべて北方のスタニスラフの牽制に用いて、奏多は背後のエピオーネ領に注目していた。


◇◇◇


 それから半刻、エピオーネからの急使が届いた。デュバルは書簡を受け取った。

「カナタ、朗報だ。エピオーネがユーハイム同盟入りを飲んだぞ。急使とともに兵を挙げてわれらと合流するということだ」

「やはりカスパーさんは有能ですね。お膳立てしても、凡人はしくじるものです。あとは背後から迫るエピオーネ軍がわれらに牙を剥くか否か。またしても度胸試しになってしまうが、今回全軍が我慢できれば、より精強な軍隊に進化できるだろう」


「確かに正面には大陸最強のスタニスラフが控え、後方から大陸第二の勢力エピオーネが迫ってくる。もし二国が手を携えてわが軍を倒そうとしたら、と思うと肝が冷えますな」

「急使は早馬だろうから、エピオーネ軍本隊がたどり着くのに三刻ほどはかかるだろう。まあカスパーさんの馬も最高級の駿馬だから、そろそろ到着しても不思議はないのだけれど」


 エピオーネ領に放っていた斥候から狼煙が上がった。どうやらカスパーが急ぎ戻ってきているようだ。

「どうやらカスパーが成果を携えて帰陣してくるようだな。歓迎の準備でもしておくか」

「外交の経験を積んだんだ。それ以上に歓迎する意味がないですね。戻ってきたら報告を聞いて、これからの外交方針を立てようじゃないか」


「どこまでいっても、カナタは軍師ですな。もう少し人情の機微もわきまえてほしいところだが。まあ人生経験が少ないんだから致し方ないか」

「まあ、大陸を制覇したら、そのときは人情の機微とやらを学ぶ機会もあるだろう。それともそのときにもとの世界に戻るかもしれないが」

「カナタはまだ前の世界に帰りたいと思っているのか」


「少なくとも僕は向こうの世界の人間です。いつまでもこの世界に留まるのは異物に煩わされるようなもの。少なくとも兵法を伝えるまでは帰るつもりはないんだけど、もしそれが最後の機会だというのであれば、どうするかはまだ決めていないんだ」

「カスパーが知ったらどう思うかな。まあ彼女だけじゃない。エルフィン殿もショーカも今お前に去られたら立ち行かなくなるだろう」


「だから大陸制覇がひとつの条件になるんだ。ユーハイム公国が覇者となり、大陸を指導する立場となれば、そのまま統一へと移行するように促せば、もう大陸で大規模な戦争が起こる危険性が低くなる」


「大陸制覇に大陸統一ですか。いやはや、カナタは大きな野望を持っているな。そんなことが可能だと思っているのか。今のところはうまくいっているようだが、スタニスラフを取り込むのは相当難しいはずだ。現にユーハイム、ジロデ、エピオーネが手を組みそうになった途端、兵を起こしてこちらを牽制している。これを排除するのは難しいだろうな」


 かなの率いる中隊の後詰めの兵から報告が上がった。

 カスパーが帰陣したのだ。


「軍師殿、たいへんお待たせいたしました。エピオーネがユーハイム同盟に与することに決まりました」

「カスパーさん、お疲れ様です。では今エピオーネからやってきている兵は、スタニスラフを牽制するための軍と見ていいのだな」

 威厳を保つためにぞんざいなしゃべり方に戻した。


「はい、とりあえず国境付近の軍師殿の中隊まで進軍するように、とのことでした。あとは軍師殿の指揮に従うように、と命じられています」


 これでスタニスラフは今攻めてこられないだろう。




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