第40話 再戦と四面楚歌 (第十章完)
セオリアの滝周辺でユーハイム同盟の兵を休めていると、エピオーネ軍から掛け声があがった。どうやら始まったようだ。
「われらハンプシャーは、エピオーネの指示には従えない。これ以上戦に巻き込まれるのは御免被る。ユーハイムは中小国を戦に駆り立ててはいないからな」
「わがジャージーも、これ以上戦をするつもりはない。どうしてもとエピオーネが申すのであれば、待遇の改善を要求する」
ハンプシャー軍とジャージー軍が相次いでエピオーネに背いた。
「軍師殿、これが授けていた策なのか。戦場で二国が背いたくらいで状況を変えられないと思うのだが」
「これからの仕掛けで状況は一気に変わる。あるのだよ。状況をひっくり返す一手が」
「魔法のメガホンを貸してくれ。策を完成させる」
デュバルからメガホンを受け取ると、有効範囲を極大にしてエピオーネ軍へ向けて語りだした。
「われらユーハイム同盟はエピオーネとの戦を望んではいない。とくに中小国の兵を殺すつもりはさらさらない。もしわれらと同様、戦をしたくない者がいれば、戦場を離脱してほしい。戦わなければならないのは好戦的な者たちだけだ。戦いたくない者を倒すわけにはいかない。繰り返す。戦をしたくない者がいれば、戦場を離脱してほしい」
メガホンをデュバルに返した。
「そんな言葉で状況が一変するとは思えないのだが」
「少なくともハンプシャーとジャージーがエピオーネ軍から離脱した大義名分を与えたからな。これからの推移を見守ってもらおうか」
遠めからエピオーネ軍の推移を見守ることにした。
まずハンプシャー軍とジャージー軍が離脱を開始した。
「ハンプシャーはこれからユーハイム同盟の味方につく。これ以上戦に駆り出されるのは御免だ。戦を回避しようとする勘案するユーハイム同盟なら、われらを正しく導いてくれるに違いない。ハンプシャーはただちにユーハイム同盟軍と合流するぞ」
「ジャージーもユーハイム同盟に帰属する。大国同士の戦になぜわれら中小国が駆り出されなければならないのか。ユーハイム同盟はユーハイム公国とジロデ公国の兵で構成されている。立場の弱いわれら中小国を真に庇護してくれるのはユーハイム同盟のみ」
二国の兵が本隊から離れてこちらへ向かってくる。
「軍師殿、ハンプシャーとジャージーの軍勢がこちらへ向かってくるぞ。造反すると見せかけてわれらに先制の一撃を加えようと考えていたらどうする」
「そのような意図はありませんよ。今こちらが身構えてしまうと、エピオーネの有利に傾きます。今は全軍を休ませたままで二国を受け入れましょう」
「どういう理屈なのかがまだわからないのだが」
「詳しい話は後でいたします。今はこのままで」
おそらく向こうからもこちらの陣容は手にとるようにわかるはずだ。
中小国であるハンプシャーとジャージーの軍が迫っているのに、迎撃の準備もしないユーハイムを、敵はどう解釈するか。
とくにエピオーネに付き従う中小国はどう思うか。
「われらもユーハイム同盟へ付く。ただちに陣を離脱して向こうへ向かうぞ」
「私たちもユーハイム同盟とともに行く。これ以上エピオーネの盾にされてたまるか」
一国一国、中小国が次々とエピオーネを見限っていく。ユーハイム同盟の陣地へとやってきた兵を加えると気がつけば、数でエピオーネを逆転していた。
これは
巨大な兵力を有する殷王朝の軍は、諸侯の国々から兵を出させて構成されていた。彼らが待ち受けている戦場へ、太公望は周の軍をゆっくりと前進させて圧力をかけた。
そして周の文王の人徳を慕う諸侯の軍が雪崩を打って周を支持する流れとなり、たった一戦で覇権が移ったのである。
司馬遷『史記』によると。張良はその太公望の兵法を伝授された軍師とされている。この世界にもその戦い方は浸透している可能性が高い。
とくに将軍クラスなら知っていて当然だろう。だから今回はあえてその故事に倣った。
将軍と呼ばれる者であれば、誰もが知りうる故事だからこそ、同じ効果が期待できるのだ。
「ユーハイム同盟に与すると決めたエピオーネの兵に告ぐ。エピオーネを取り囲んでエピオーネの国歌を歌うのだ。それでエピオーネは戦意を失う。戦は終わるのだ」
エピオーネに付いてきた中小国の軍が元の配置に戻ってエピオーネを取り囲んでいる。そしてエピオーネの国歌を
これは楚漢戦争で張良が講じた四面楚歌という故事成語として残っている戦術である。エピオーネの将軍はこれで戦意を失い、降伏せざるをえなくなる。
少なくとも兵たちには効果が抜群だったようで、相次いで武器を捨てて両手を挙げていく。降参したのである。
この状態が進展していけば、いずれ将軍も投降することとなるだろう。
「カスパーさん、出番です。エピオーネの司令部を説得してきてください。われわれはエピオーネ軍を損ねるつもりはありません。そのことを伝えれば、これ以上時間をかけずに事態は決着します」
「本当に、戦わずして勝つ、を実現するのですね。この策を完成するために、私も全力を尽くします」
輜重隊の隊長だったカスパーがエピオーネ陣へと赴き、四半刻ののちエピオーネは敗北を受け入れた。
「どういう理屈なのだ、軍師殿」
「エピオーネの司令部を連れて公都へ帰還したのち改めてお話しいたします」
まああらかたはエルフィンも理解しているだろう。
しかし相当胆力のいる戦術だったことは確かだ。
肝を冷やしながら、味方が増えていくさまを見て、こちらは勇気を得られる。
敵はおそらく絶望していったに違いない。
兵法とは、いかに冷静にリスク管理をして最大の利益を求めるか。
そういう学問なのである。
(第十章完結。次話より第十一章スタートです)
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ここまでお読みいただきまして誠にありがとうございます。
本作はすでに第一稿が完成しており、期間内での完結を保証致します。
面白かったと感じられましたら、ハート評価や★評価、フォローなどしていただけますと、連載が捗ります。
ほどほどかなと思いましたら、スタニスラフ戦に備えて気を楽にして読み進めていただけたらと存じます。
それまでは戦闘準備に奔走しますので、ここをしっかり把握すると兵法が好きになるはずです。
皆様に兵法物語を楽しんでお読みいただけたら幸甚です。
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