第39話 再戦と度胸比べ
ハンプシャーとジャージーが帰国してからそれほど経たないうちに、エピオーネが兵を挙げるとの報がもたらされた。諜報網は万全に機能しているようだ。
ここからは度胸勝負となる。
いくらエピオーネが強くとも、ユーハイム領内では満足に魔法は使えないし、前回の戦場であるセオリアの滝周辺にもやってこないだろう。
森の中を通ってこちらに近づいてくる可能性もあるが、大軍を容れるほど大きな森は存在しない。
よってエピオーネが兵を挙げるとすれば、まず形だけ行ない、実際の行軍はこちらが出向いてからになるだろう。
ハイブ公爵に招集された
「カナタよ、今回のエピオーネの挙兵をどう見るか」
「先頃交渉にやってきたハンプシャーとジャージーの言葉どおり、ということでしょう」
「エピオーネに対する策はあるのか」
「はい、策はあります。すでにハンプシャーとジャージーの代表には策を授けていますので、われわれが兵を挙げればそれだけでエピオーネの野望は潰えるでしょう」
「なんと、たったそれだけの策でエピオーネを抑制できると申すのか」
「はい、確実にこちらが勝ちます。あとは後始末をどうつけるか。今はそれだけを考えております。まあそれもすでにいくつかの方針を立てています」
カスパーを見据えたハイブ公爵が口を開く。
「ここにエピオーネの者を入れてだいじょうぶなのか。エピオーネに筒抜けではないのか」
「カスパーさんは私に兵法を学びに来たのです。それを中座してしまえば、これまでの努力が水泡に帰します。それにカスパーさんはわれわれの味方です。先の戦で私に兵法を習いたいと申し出たのです。エピオーネでは
「まあカナタがそう言うのなら問題はないのだろう。で、こたびの戦は必ず勝てるのだな」
「戦になれば勝てるだけの練兵はできています。ですが、勝てる戦をわざわざするのもバカバカしい。今回は戦わずして勝つ兵法の真髄をお見せする所存」
「ほう、戦わずして勝つ、とカナタは申すか。どのような策を用意しているのか、ぜひ聞いておきたいものだが」
「カスパーさんは味方でも、わが国でエピオーネに通じている者がいないとは言い切れません。逆にいえば、こちらの態度はなんらかの形で相手側に伝わるということ。そして計略はすでに仕込み済みです。結果を見ていてください」
「ではカナタの手並みを拝見するとしようか」
その言葉に一礼して、一同は公爵の執務室を後にした。
◇◇◇
軍師の執務室へ場所を移した一同は、すぐさまユーハイム同盟軍を召集した。兵たちにもエピオーネの振る舞いを知っている者がいたが、軍師の言葉次第で士気も変わってくる。
「われわれユーハイム同盟軍は、先に挙兵したエピオーネを抑制するため、整然と行軍を開始する。絶対に不安な気持ちを抱かず、整然とという私の指揮に従うように」
エピオーネは兵を挙げた以上、交戦意欲が高まっている。
まともに戦えば火炎魔法も交錯して乱戦に突入しかねない。乱戦は兵力差がものをいう。エピオーネが意図するのも乱戦に違いない。
正面から戦って奏多に勝つことはできないと判断しているのであれば、奏多の制御から外してしまえばよい。
戦慣れしている者ならすぐに思い浮かぶ戦術だ。
しかし一度乱戦に突入すると仕掛けたエピオーネの側も制御できなくなってしまう。だからこそ兵力差がそのまま現れるのである。
エピオーネがその戦術に出てくることは推測できるからこそ、戦わずして勝つ、という戦略目標を据えたのだ。
実際戦う必要はない。相手が兵を起こしたら、こちらも起こして戦わなければならないなどという近視眼は兵法には存在しない。
戦えば必ず勝つ状態を維持しつつ、戦わずして勝つために計略をめぐらすのだ。
実際、どんな戦上手でも、実戦を続ければいつかは敗れるものだ。常勝を確かにするには、ほどほど連勝したのち戦いをしないことにかぎる。
戦わないからこそ不敗でいられるのだ。
それなのにそれまでの勝ちグセが忘れられず、惰性で戦を始めて敗北する将軍は昔から数多く存在した。
楽毅も連戦連勝ののち足をすくわれた。
諸葛亮は不敗を維持するためにあえて国力が三国最低でも、最高の魏に戦を仕掛けたのだ。
こちらから打って出て敵の領内で戦えば、ほどほどの戦果を得たのち撤退すれば負け戦にはならないからだ。
つまり諸葛亮は自らを不敗の軍師と世間で位置づけられるよう、わざわざ魏に戦を仕掛けていたのである。
◇◇◇
ユーハイム同盟軍を召集した奏多は、整然と隊列を組んでゆっくりとエピオーネ軍の待つ戦場に向けて行進する。ユーハイム同盟軍の後方支援にショーカを据え、ユーハイム同盟内の兵站はコーラルに委ねた。そしてユーハイム領外の兵站はあえてエピオーネ人であるカスパーに一任する。エルフィンは将軍として軍師の奏多の指示を兵たちに伝える役割を負った。
武芸に不得意な奏多の護衛は引き続きデュバルが務める。来るべきスタニスラフ戦を見越した布陣だ。
そして先の戦場であるセオリアの滝に差し掛かると、そこでユーハイム同盟軍を止めた。エピオーネと距離をとったまま、時間だけが過ぎていく。
「軍師殿、こんなところでただ待つだけでよいのか。いずれエピオーネから仕掛けさせようとの腹だろうが」
エルフィンの疑問にカスパーが同調する。
「軍師殿、私もここで待っていてもエピオーネ軍は攻めてこないと存じますが」
「ふたりとも落ちついてくれ。われわれは戦わずして勝つためにここにいる。にらみ合いを続けていれば、それだけで勝ちが転がってくるのだ。状況が想定どおりになるまでどっしり構えるのも兵法のひとつと考えてもらえばいい」
奏多は馬上で涼しい顔をしてみせた。
そろそろか。
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