第38話 再戦と原則

 かなの策を実行するため、ハンプシャーとジャージーの代表はそれぞれ帰国した。

 通信網を整備し、二国にエピオーネの動きを探らせる。

 エピオーネが兵を召集し始めたところをとらえ、ユーハイム公国は同盟軍を率いて領外へ出て、エピオーネの国境に迫るのだ。奏多の策はそのときに発動する。それが最も効果的な戦略だからである。


「カスパーさん、エピオーネを損ねずにわが国へ引き入れる策があります。もちろんカスパーさんはエピオーネの覇権を願っているのかもしれませんが。ユーハイム公国とエピオーネのどちらに肩入れする予定ですか」


 奏多は直球を投げてみた。あえて腹の探り合いを避けたのだ。


「私は軍師殿のご意向に従います。エピオーネになにか策を仕掛けようとお考えなら助力いたします」

「いや、今回はエピオーネに直接策を仕掛けるつもりはない。周りがどう動くかは別の問題だが」


「周りがどう動くか、ですか。軍師殿、なにを企図しておられるのですか」

 ショーカは策に興味を持ったようだ。

「ユーハイム公国とエピオーネは直接戦火を交えない。戦おうと思ったところで勝負を決める。そのためにはエピオーネを四面楚歌に追い込む」


「四面楚歌というと、チョーリョーが敵の大将・コーウを自害に追い込んだという策ですか」

「今回はエピオーネ首脳部を自害に追い込むつもりはない。だが、それほどの衝撃は受けてもらう」

 その言葉を聞いたカスパーは丁寧に一礼した。


「ありがとうございます、軍師殿。直接戦火を交えないのであれば、遺恨が残ることもないでしょうし、私が帰国しても処断されるようなこともないでしょう」

「カスパーさんが帰る頃には、ユーハイム公国とエピオーネは手を携えているはずです。それだけでなく、スタニスラフも合わせて統一しているかもしれません。少なくとも俺がいるかぎりはユーハイム公国が大陸の覇権を握るはずです」


「さすがにカナタは志が高いな。ではもとの世界に戻れる状況になっても、当面はこちらに残って大陸制覇を目指すおつもりか」

 それを考えないときはない。

 いつまでこの世界にとどまっているのか。

 もしもとの世界に戻れるチャンスが訪れたら。


 この世界で奏多は異世界人だ。

 世界の成り立ちからすれば、もとの世界へ戻るべきなのは自明。

 しかしこの世界に兵法を伝え始めたのだから、免許皆伝の者が生まれるまではこの世界にいるべきではないか。

 生兵法は大怪我のもとと何度も語っているが、もし今の段階で教育を放棄すると、大陸各国は自滅するしかなくなる。

 少なくとも今は戻れない。


 兵法の大原則は「多は少に勝つ」「実は虚に勝つ」ときわめてシンプルだ。

 しかしこれを状況に応じてリスクをとりながら策に仕立てることは心構えがしっかりしていないと難しい。

 どんなに困難な状況に置かれても、つねに冷静沈着に思考が進められるか。窮地において逆転の一手が見いだせるか否か。

 しょせん軍師は戦で味方を勝利に導かなければ存在意義がない。

 作戦指揮を委ねられている以上、将軍から問われたり、自らが決断したりするとき、どれだけ大局を見据えてリスクと利益を天秤にかけられるのか。

 そういう意味では、確率を自分で変えられる博打打ちと言われてもそれほど違いはないだろう。


「俺の最優先課題は、この世界に兵法を根づかせること。次に大陸を制覇して統一社会を実現することです。兵法を三人に教えているのも、兵法を根づかせて大陸を平和に統一するため。いずれスタニスラフからも人材を受け入れて四大国の合議で大陸の政治をまとめあげることができれば、この世界でやり残したことはないでしょう。そうなってからもとの世界へ戻る機会が到来したら、帰るかとどまるかはそのときの判断になるでしょう」


「私としては、大陸の頂点に立って指導していただきたいところなのだが」

 エルフィンの言葉をショーカが継いだ。

「私も、軍師殿が大陸を統べるにふさわしい人物だと確信しております。まだお若いので今即くのは早すぎるでしょう。しかし軍師としての実績を残し、適齢期になったときに大陸を統べていただければよいと考えております。カスパーさんはどうお考えですか」


 ひと呼吸おいてから、カスパーは口を開く。

「軍師はあまり表に出ないほうがよいのではないでしょうか。場合によっては国民に嫌われるような決断もしなければなりません。たとえばエルフィン殿が頂点に立ち、軍師殿はその補佐に徹する。残る私とショーカ殿が軍師殿のもとで小さな問題を解決して兵法を実践していく。そういう体制が最良ではないでしょうか」


 カスパーの語る体制が現時点では最良だろう。

 もし奏多がもとの世界に戻ったら、ショーカとカスパーが軍師としてエルフィンを補佐する。

 三名にできうるかぎりの兵法を伝授しておけば、心置きなくもとの世界へ帰れるというものだ。


 だが、状況がどうなるかはわからない。いつまで経っても奏多の助力を必要とする可能性も残されている。

 とくにユーハイム・ジロデ同盟と、エピオーネ、スタニスラフが対等の関係を築けない場合、奏多がにらみを利かせて牽制するくらいはしなくてはならないだろう。


「まあ事後の話は、今回の戦が済んでから改めて考えることにしよう。今はいかにしてエピオーネを損ねずに取り込めるのか。そのことだけを考えておこうか」


「そうですね。エピオーネと矛を交えずに手を組めるのなら、禍根は残らないでしょう。それが最もすぐれた策ということになりますね」


 カスパーの言うとおり、エピオーネとユーハイムが兵を損ねることなく停戦すれば、手を組む可能性が生じる。

 そのために、今回の策は今後の参考になるものだ。

 デュバルに言って策を書き留めてもらい、事後にそれを開封して兵法の想定どおりになっていることを確認してもらうのも勉強になるだろう。

 諸葛亮も戦の前に策を書き留めて、戦後にそれを確認させたことがあったという。

 諸葛亮ほどの才はないまでも、よりすぐれた軍師となれるよう、奏多は気を引き締めた。




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