第十章 避けられぬ再戦
第37話 再戦と事前交渉
ハイブ公爵のもとを訪れた
「ハンプシャーはなぜエピオーネから脱し、わがユーハイム公国の庇護を受けようと考えたのか」
ハンプシャーの民族衣装をまとった代表に話を向ける。
「エピオーネとユーハイム公国が戦い、ユーハイム公国が勝ったからです。負けたほうの陣営についていては亡国のおそれもあります」
「ではユーハイム公国とエピオーネが再び争うことになった場合、わが国に従うという考えでよろしいか」
「かまいません。ユーハイム公国は昨今ジロデ公国を降し、その庇護下にあった国々もユーハイム公国を支持しております。エピオーネも前回の敗戦でユーハイム公国の指揮下に入るべきでした。それがならなかったため、エピオーネを見限ってユーハイム公国を頼ろうと考えたのです」
「では、エピオーネをユーハイム公国の指揮下に入れるべく、ハンプシャーの自己都合で庇護を受けに来た、と」
「さようでございます」
「それを貴君に吹き込んだのは誰か」
「首脳部での会議で決めました」
「会議、か」
次はジャージーの言いぶんを聞こう。
「ジャージーはなぜエピオーネを見限ろうとしているのか」
「わが国でも首脳部で会議を行ない、エピオーネが翻意しないのならわが国だけでもユーハイム公国の庇護下に入りたい、ということでまとまりました」
「ではユーハイム公国とエピオーネが再び戦うときは、わが国に従うのだな」
「はい。それは誓約いたします」
二国はそれぞれに考えて下した決定なのだろう。
しかし、なにか性急に進んでいるような気がする。
背後にいるものの存在がちらついて見える。
「ハンプシャーもジャージーも、エピオーネからの離反をそそのかしたものがいるようだ。本来なら先の戦が終わり次第、エピオーネを見限ったはずだ。なぜ時間が経ってから示し合わせたように離反すると決まったのか。なんらかの力が働いていると見て間違いないだろう」
ハンプシャーとジャージー両国代表が首を傾げた。
「いずれスタニスラフの意向によるものだろう」
その言葉に二国は慌てふためいた。
「いえ、わがハンプシャーは独自に幹部で話し合いました。スタニスラフとは関係ございません」
「ジャージーもスタニスラフの影響はありません。首脳のひとりが提案して、会議の結果決まったことです」
「まあそれはよい。で、焦点は二国の帰属についてだ。ハイブ公爵はどうお考えですか」
ハイブ公爵は威儀を正した。
「私としては二国を引き入れてもかまわないと考えている。それによる国際的な影響力は判断がつかないが。外交官、もし二国を引き入れたらどのような影響があるとみるか」
傍に控えていた外交官が答える。
「おそらくエピオーネのもとにいる中小国が雪崩を打ってわが国の庇護を求めてくるでしょう。エピオーネは信用ならないとの見解が広がるはずですから」
奏多は手を挙げて発言を求めた。
「おそらくだが、決断の背景にエピオーネが再戦を望んでいることも含まれているのではないか」
二国の代表は顔を見合わせた。
「なぜそうだとお考えなのですか」
「エピオーネとともにユーハイム同盟と戦えば負ける、と考えたからこそ戦う前にユーハイムにつこう。という打算でも働いていなければ、この平時に嵐を招きそうなことをするとは思えないのでな」
「軍師殿のご見識には恐れ入ります。確かにエピオーネは軍を起こして再戦を挑もうとしております。その召集がありました。私どもはエピオーネに自省を求めたのですが、聞き入れられませんでした」
ハイブ公爵はその言葉を聞いて深く考え始めた。
「それが事実だとすれば、戦う前に二国がわが国の庇護を求めたとエピオーネの中小国へ知らしめて、戦う前に中小国をごっそりこちらの味方にしてしまえば、エピオーネのやる気を削ぐことも可能となるのではないか」
さらに考えを進める。
「そうするにしても、両国の遇し方が問題だな。外交官、二国をどう遇すれば他の国の支持を得られるだろうか」
「さようでございますね。可能であればわが同盟国と同等がよろしいでしょう。有事が起こればユーハイム公国が守ることを内外に示すのです。そうすれば他の国もこぞってわが国へと馳せ参じるでしょう」
「軍師カナタはどう思うか。中小国をわが国へとなびかせることで、エピオーネの軍事行動を抑制するのは兵法から見た場合、最良か否か」
「軍師として言えば、ハンプシャーとジャージーには悪いが、いったんお帰り願うべきだろう。今わが同盟に与すると約してしまえば、エピオーネが二国へ攻め込むこと疑いない。二国としてもエピオーネと一戦交える覚悟はあるのか。おそらくそこまでの覚悟はないはず。であればユーハイム同盟が二国を守るためにエピオーネと戦うことになる。それは、わが国が戦争のきっかけを作った、と周辺国から猜疑の声があがること疑いない」
「では、どうするべきだと」
「可能であればエピオーネの庇護を受けるすべての中小国がわが同盟に与するように配慮するべきです。いかなエピオーネでも、すべての庇護国がユーハイム同盟に参加したら、
「では、われらがユーハイム同盟と敵対し、それでも戦後に同盟に入れていただけるのでしょうか」
「それがスムーズに進む策はある。まずはここにいる皆に策を話すべきかどうか、だ。とても単純な策であるため、エピオーネに漏れればすぐに対処されてしまうだろう」
「兵法を学びに来たカスパー殿はどうする。彼女はエピオーネ人だぞ」
「彼女は問題ありません。私のもとで兵法を学びたいと渡ってきたのですから、今エピオーネに帰国してしまえばこれまでの努力が無駄になります。また、生兵法は大怪我のもと、とも言います。中途半端な兵法はかえって危険なのです。そのこともすでにカスパー殿に伝えてあるのでわれらを裏切る心配はありません」
それでもカスパーの情報網からエピオーネの動きを知ることができれば、策を仕掛けることもたやすくなる。
こちらの動きがエピオーネにバレないこと。
それがエピオーネをも巻き込んだ大同盟を結べるかを左右するのだ。
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