第35話 仲違いと火炎魔法

 輜重隊の隊長であるカスパーがここまで魔法に詳しいことに疑問を抱いたかなは、軽くカマをかけてみようと考えた。


「カスパーさんならスタニスラフと戦うときに、どんな火炎魔法の使い方を想定しているのかな」

「そうですね。初撃でどれだけの魔術師を火炎に巻き込めるのか。そこがわからないと次の手は打てないと思います。うまくすれば一網打尽ですし、しくじれば大勢の魔術師から雷電の嵐に見舞われるかもしれません」


「その雷電を防ぐために、水氷魔法を用いたらどうか」

「雷撃に水がどれだけ効果があるのかを私は知りません。ですが軍師殿のおっしゃりようだと、相当効果がありそうですよね」

「おそらく雷電の魔術師のみならず、周囲に入る兵もまとめて内部から焼かれるだろうな」


「そこに火炎魔法を叩き込んだら、水が蒸発する可能性と、ぬかるみを転げ回って消火に使われる可能性がありますよね。やはり火炎魔法は初撃で決めるつもりで使うほうが有効だと思います」


「魔法を連発して相手に雷撃魔法を使わせない、という選択肢はないのか」

「それは考えたこともありませんでした。確かに火炎を間断なく放てば、雷撃魔法を唱える余裕を与えませんね」


「それに、火炎であれば酸素を食い尽くすから、スタニスラフの魔術師を酸欠に追い込めるかもしれないな」

「サンソ、サンケツ。なんですか、それは」

 この世界では化学の知識もそんなにないのか。ただ広まっていないだけなのか。どちらにしても、戦法の選択肢を示すためにも説明はしておこう。


「酸素とは物を燃やすときに必要になる物質なんだ。それでいて人間は大気中から酸素を取り込んで、二酸化炭素を吐く。まあここで二酸化炭素を説明してもわからないと思うので、とりあえずは酸素を使ったときに出る排泄物だと思ってくれていい。つまり人間が呼吸するためには酸素が必要で、それが取り込めなくなると酸欠になるわけだ」


「で、火炎魔法との関係は」

「酸素は物を燃やすときに必要になる物質なので、火を起こせば当然大気中の酸素を消費することになる。だから火炎魔法を間断なく叩き込むことで、スタニスラフの魔術師も兵もまとめて酸欠にしてしまえば行動不能に陥らせることが可能なんだ」

 またここまでを化学の知識のないこの世界で唱えても無意味かもしれない。

 しかし水氷魔法と雷電魔法に及ばないと考えられがちな火炎魔法の新たな使い方の提示はできただろう。


「とりあえず、火炎魔法を間断なく発動し続ければ、予想外の効果が期待できるということだけは憶えておいてくれ」

「かしこまりました、軍師殿。早速エピオーネの軍司令部に情報を上げておきます」


 この語りぶりを聞いていると、やはりカスパーは火炎魔法が使えるようだ。

 そこをツッコむと隠されるだけかもしれない。まあ火炎魔術師を操るには、同じ魔法が使える人のほうが適切ではある。あえて気づかぬふうを装うとしよう。


「ちなみにエピオーネに火炎魔術師は何名くらいいるのか」

「三十名はいると思います」

「であれば、間断なく火炎魔法を発動させられそうだな。ちなみに広域に効果のある火炎魔法を唱えるのにいくつ数えればいいのか」

「そうですね。一、二、三、のように数えるなら十五くらいですね」

「それなら確実に火炎が効果切れする前に次の火炎を叩き込めそうだな。それなら水氷魔法で漏電を狙う作戦と、火炎魔法で酸素を奪う作戦を並立できるだろう。われわれはスタニスラフと戦う武器を手に入れたのだ。あとは双方の魔術師に命令してそのとおりに発動してもらえるかどうか。われら兵法を学びし者の意見を聞き入れてもらえると助かるのだが。エルフィン殿は命令できるか」


「私自身が水氷魔法の使い手ですし、魔術師にもつてがあります。軍師殿の命令は過たず実行できます」


「カスパーさんはどうですか」

「エピオーネは上意下達の気風なので、軍司令部の決定は侵さざるべき神聖なものとされております。よって軍師殿の命令どおりに動かすことも可能です」


 これで雷電魔法を封じる策は見つかった。

 あとは兵そのものの数に対抗する手段を考えなければならない。これは『孫子』に代表される兵法が威力を発揮するはずだ。


 なにせ剣や斧、槍や矛、弓や弩などでの肉弾戦しかない世界で最強を誇ったのが兵法である。

 かの天才ナポレオン・ボナパルトもセントヘレナ島に流されたときに『孫子』の翻訳版『アート・オブ・ウォー』を読んで、これがあれば結果は変わっていたとまで言わしめた。

 戦争の天才をして驚嘆せしめる兵法はどの時代であっても戦を有利に進めるのに役立つ。現代日本ではビジネスを展開するうえでの指針ともなるのだ。


 そして兵法はどんな駆け引きにも使える普遍性を有している。

 それこそ学校のテストから世界の存亡をかけた決断に至るまで。

 身近なところでは異性とのお付き合いにも使えるし、職場で昇進するのにも使い勝手がよい。ママ友との付き合いも煩わしいものだが、兵法を応用すれば、気の利く人として優位に立てる。


 その兵法をエルフィン、ショーカ、カスパーに教えなければならない。

 僕がいつこの世界を去ってもよいように。


 もちろんスタニスラフに勝利してユーハイム同盟軍が大陸を制覇したあとに元の世界に帰るのが理想ではある。

 しかし、こちらの世界に来たのも偶然なら、元の世界に戻るのも偶然になる可能性が高い。だから、いつこの世界を去ってもよいように、兵法をこの世界に残しておくのがよかろう。

 いずれ三名が力を合わせて次代の覇者が現れるかもしれないからだ。

 そうなれば奏多はこの世界での任務を遂げたといえるだろう。


 兵法で平和を手に入れるのである。それが終わるまでは、たとえ偶然だろうと帰るわけにはいかない。そう思うのだが、偶然は本当にいつ現れるかわからない。また空間の歪みを発見する日がいつ来ないともかぎらないし、二度と発見しないのかもしれない。

 だから、できるうちに教えられることは積極的に教えようと奏多は考えていた。




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