第34話 仲違いと魔法談義

 軍師の執務室へ招かれたエルフィン、カスパー、ショーカは、かなの求めに応じて魔法のことを語ることとなった。


「エルフィン殿は水氷魔法が、カスパーさんは火炎魔法が使える。俺とショーカは魔法が使えない。魔法が使える立場として、エルフィン殿とカスパーさんは魔法をどう考えているのか。そこを知りたい」


 まずエルフィンが述べた。

「水氷魔法はまったくの無から生み出すことはまずない。近くに水辺や水源がなければ発動しづらいのだ。もちろん砂漠で水を作り出せる魔術師も存在するが、きわめて少数だな」

「火炎魔法はどこでも発動できますが、水氷魔法で消されないほど強い炎を出せる魔術師はこちらも数少ないですね」

「ということは、水源に近い場所なら水氷魔法が強く、なければ火炎魔法が強い。同条件で戦えば水氷魔法が火炎魔法に勝つ、ということでよいのかな」

 奏多の問いにカスパーが答える。


「そういうことになります。ただエピオーネは砂漠の国なので、水氷魔法より火炎魔法のほうが強いのです。だからユーハイム公国はエピオーネに攻め込めません」

「ではなぜ前回の戦で火炎魔法が使われなかったのか」


 当然の疑問だった。

 いくら水氷魔法のほうが強くても、それを上回れる魔術師が存在するのなら、混乱させる意味でも火をつけるのはそれだけ効果を期待できる。


「水の豊富なユーハイム公国では火炎魔法が効きづらいという認識が軍司令部にありました。そこでユーハイム公国が水氷魔法を出してきたときの迎撃用に準備しておこうと考えていたわけです」

 カスパーにそう言われれば一理あるか。

 水氷魔法の弱体化を図るために、火炎魔法は迎撃に専念させる。


「それに、エピオーネは戦場に到着後すぐに開戦となりましたから、魔術師の疲労も考えなければなりません。いかにすぐれた魔術師でも、疲労困憊している状態では満足する火力を維持できませんので」


 つまりエピオーネを長駆させたことで、魔法も封じ込められたわけか。

 これは来るべきスタニスラフ戦でも応用できるかもしれないな。


 奏多の思考を読んだようにカスパーが告げた。

「スタニスラフの雷電魔法は、瞬間的な発動になりますので、軍師殿の思惑どおりになりますかどうか」

「というと」


「雷電魔法は高い集中力を要しますが、それは一瞬でいいのです。火炎魔法や水氷魔法は出し続けるために集中する時間が長く必要です。この差は魔法の決定的な差になります。スタニスラフが大陸最強を誇っているのも、兵の数だけでなく魔法の優位性によるところが大きいでしょう」


「雷電ということは電気による攻撃だろうから、スタニスラフの魔術師の足元を水氷魔法で濡らしてしまえば、なんとかなってしまうんだろうけど」

「電気とはなんだ、軍師殿」


「雷に含まれるもので、雷の威力が高いということは、電気が高められているということでもあるんだ。人間の体も電気信号で動いていて、強い電気を受けるとそれが混乱して簡単に倒されるわけだ。逆に心臓が止まった者に素早く強い電気を与えれば再び心臓が動き出すこともある。まあ使い方の問題だな」


「ということは雷電魔法は人体の内面に作用する魔法と見ていいんだな」

「まあ強い電気は物を焦がすほどの熱量を持つことがあるから、火炎に近いとも言えるんだけど。でもきちんと電気として扱えれば、世界はもっと近代化できるんだ」

「どういう意味ですか、軍師殿」

 同じく魔法の使えないショーカも興味深げだ。


「俺の世界は電気の世界だったんだ。魔法はまやかしで信憑性がなく、世の中のすべては電気で片付いてしまう世の中だな。俺も電気で移動して、電気で暖をとったり空気を冷やしたり。物を温めることも冷たくすること、明るくすることもできる。情報もすべて電気でやりとりしていたくらいだ」


「電気とはそれほどまでにすごいものなのか。となればスタニスラフも電気を活かして先進的な社会構造を持っている可能性もあるのか」

「いや、そこまで考えなくてもいいだろう。もしスタニスラフが電気を日常で使っているのなら、おそらくすでに大陸はスタニスラフが統べていたはずだからな」


 エルフィンが話を戻す。

「では、雷撃魔法を使う魔術師の足元を水氷魔法で濡らしてしまえばなんとかなる、というのどういうことか、軍師殿」

「俺の世界に漏電という言葉がある。水で濡れているところで電気を起こすと、その水に電気が導かれてしまうんだ。だから雷電魔法も電気なら、魔術師の足元を濡らしてしまえばおそらくその場で電気が走ってしまい、魔術師もただでは済まないはず」


「そんな対処法があったとは。ではスタニスラフとの戦ではわれらユーハイム公国の魔術師が欠かせないわけだな」

「そうなります。足元だけでなくスタニスラフ軍全体を水浸しにしてしまえば、雷電魔法が使えなくなるだけでなく、同士討ちの形に持ち込めて数の不利をカバーできるはず。そのためにも水氷魔法の可能性をもっとよく知る必要があります」


「わが国の火炎魔法には頼らないとおっしゃるのですか」

「いや、火炎魔法は別の使い方をすることになる。雷電魔法を封じるのが水氷魔法の役割で、敵を襲うのは火炎魔法の得意とするところだ。雷電魔法と戦えないからとしても、使い方次第で水氷魔法を援護できるし、スタニスラフを業火で焼くこともできる」


「そうであってほしいものです。わがエピオーネの魔術師が大陸最弱と思われては、各国から侮られてしまいますからね」


「その心配はしなくてよい。雷電魔法ほどの破壊力がなくとも、道を焼けるし物資を焼けるし人を焼ける。道を使えなくし、物資を焼き尽くし、人的被害も出せる。使い方次第で火炎魔法は最強の魔法となりうる。俺の世界の古代中国というところに孫武という者がいて、その者が書いた『孫子』には火攻めについて詳しく書かれていたくらいだ。それほど火炎は重要な武器となりうる」


「ソンブですか。それほどまでに優秀な軍師だったのですか。たしか将軍だったと聞きましたが」

「孫武の時代には軍師という役職は王朝にしか存在しなかったからな。孫武は呉という中級の国に仕えたために将軍という位置づけになったと思われる。まあ当時に生きていないから憶測でしかないのだが」

 孫武の兵法は火計と間諜を重視していた。それが実戦で試されるわけだ。




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