第九章 仲違いと離間策
第33話 仲違いと神の木
会談場所にてカスパーが最初の声をあげた。
「神の木はこの世界に生きるすべての者のものです。どこであろうと国が所有することは認められてはおりません。そもそもなぜあなた方は、相手国が所有権を主張していると唱えているのですか。まったく理屈に合いませんよね」
エピオーネ国民を代表してカスパーはきわめて客観的な問いを出した。
「わが国はヨークが神の木を手に入れようとしているとの情報を得たので抗議したのです。もしそうなら
小国オリンズはやや規模の大きなヨークの非を鳴らしている。
「なにを言うか。オリンズこそ神の木を独占しようとしているだろうが。国際条約に従って、オリンズを倒すのは当然の義務だ」
「そんなことはない。最初に所有権を主張したのはヨークではないか」
「いや、オリンズだ」
これは完全に堂々巡りだな。
まあそれもスタニスラフの計算のうちなのだろうが。
「その話、明らかに矛盾しているな」
「ムジュンとはなんだ」
ここは矛盾という言葉すらもない世界なのか。いちいち話の腰を折られるのが気に入らないが、調停するにも根気は必要だ。
「ある国の市場で、どんな盾をも貫ける矛と、どんな矛の攻撃をも防ぐ盾を売る商人がいた。気になった通りすがりの人物が、では、その無敵の矛と無敵の盾を戦わせたら、どういう結果になるのか。と言ったのです。結果は想像に難くないですよね」
「確かに奇妙な話ですね、軍師殿。もし矛が盾を貫いたら盾は偽物。もし矛が盾を貫けなければ矛は偽物。ということはその商人はいずれにせよ信用を失墜させてしまうでしょうね」
「だから、今回の諍いも奇妙なのです」
「軍師だからといっていい気になるな。貴様になにがわかるというんだ。この神の木は誰のものにもしてはならんのだ。我が物にしようと画策しているのはヨークに違いないのだ」
ここは冷静に事実を積み上げよう。
「まずオリンズの言いぶんはこうだ。ヨークが神の木を手に入れようとしている。そういう情報を得た。だから阻止しようと外交努力で打開しようとしていた。しかしヨークが軍を集めたことを伝え聞いて、いつでも出撃できるように兵を挙げた」
「そのとおり」
オリンズの代表は間髪入れずに答えた。
「で、ヨークの言いぶんはこうだ。オリンズが神の木を独占しようとしている。そういう情報を得た。だから阻止しようと外交での解決を求めたのだが聞き入れられず、オリンズが兵を挙げたと伝え聞いて、武装蜂起した」
「間違いなし」
「では問題なのだが、どちらの情報が最初なのか。オリンズの情報が先か、ヨークの情報が先か」
「それのどこが問題だというのか」
「どちらかが最初に神の木を得たいと考え行動しようとしたのか」
「わが国の間諜網がヨークの不穏な動きを伝えてきたのだ」
「オリンズがけしからぬ動きを見せていると、うちの間諜網が報告してきたわ」
ここまで出れば説得は容易だろう。
「オリンズとヨークはどちらも先に動いていない。にもかかわらず相手こそ先に動こうとしているのだと主張する。矛盾していますよね」
「軍師殿、ということは」
「両国は何者かにそのような偽情報を掴まされた、ということです」
「何者かがわれわれを仲違いさせようとして偽情報をばら撒いたとでも言うのか」
「はい、そう申しています」
「バカな。われらが反目して得になる者などおらんだろう」
「スタニスラフですよ、偽情報を流したのは」
「なぜスタニスラフのような大国が中小国であるわれわれを仲違いさせようというのか。おかしいだろう」
「おかしくはありません。現在の国際情勢では、ユーハイム公国、ジロデ公国、エピオーネが提携しています。おそらく近いであろうスタニスラフ軍の侵攻の際、ユーハイム公国に従う中小国を仲違いさせて、われらに全力を出させないようにする計略です」
「本当にそのような計略が張り巡らされているのだな」
ヨークの代理人は問いかけた。
「はい。どちらも相手こそが悪事を働こうとしている。これは離間策としては実に古典的なものです。だから双方は元々神の木を奪おうとはしていなかったのです。スタニスラフからそう思い込まされただけで。ですので双方誓約を交わして、互いの本心を伝え合うべきです。自分の間諜網の意見だけを鵜呑みにせず、どちらも狙っていないことを確約するのです」
これで誓約を交わせば、当面の危機は回避できるし、ユーハイム同盟軍が一枚岩になる。
「オリンズ、本当に神の木を狙っていないのだな。誓約書に記せるか」
「いくらでも書こう。ヨークこそ神の木を奪おうとしていないことを誓約できるか」
「望むところだ」
奏多の公的な役割は軍師であるが、外交手腕を見せつけるにはよい頃合いだっただろう。交渉に非凡なところがあるカスパーは今回もエピオーネの所属ながら、たいへんバランスのとれた交渉力を見せつけている。
奏多のいない世界で大陸を統べる軍師としては外交面に強みを持った人物に大成するだろう。
奏多が持ってきた紙三枚に、同一の文面を書いて、オリンズ、ヨークと奏多がサインして誓約書は完成した。
「これで皆様は互いに猜疑心を起こさないと約束した。これにて双方、兵を下ろしなさい。これ以上いがみ合えばスタニスラフに手玉にとられるのみ。われわれ同盟はガッチリと強固なものにしなければなりせん。地域でまたなにか諍いごとを起きたら、ユーハイム公国を頼るように。第三者の目から問題解決に当たりましょう」
「はっ、了解いたしました、軍師殿」
「それでは今回の諍いは手打ちだぞ」
奏多たちは講和が成ったのを確認した。
「今回はこれでおしまいだ。なにかあったら必ず盟主のユーハイム公国を頼るのだぞ」
神の木騒動は一段落して、同盟国、またジロデ公国と庇護を受ける中小国、エピオーネと庇護を受ける中小国へ、スタニスラフが計画していることを伝えるべく急ぎ公都へ帰り着いて各国へ早馬を発した。
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