第32話 小競り合いと急行 (第八章完)
急いで会見場所を設定して両国へ伝えるとともに、そこへ向けて馬車を全速力で走らせる。
「今回の件、いかがお考えですか、軍師殿」
カスパーは状況を把握するのが第一だと判断したようだ。それは奏多も同じ思いである。
「外交官、いったいどういう情勢なのか説明せよ」
問われた外交官が手短に語った。
「手早くいえば領土の帰属問題です。あいまいな国境を引いたのは確かにユーハイム公国の落ち度ですが、これまではそれで遅滞なく治まっていたのです。ですが、ある木をめぐって諍いが発生しました」
「それはどのような木なのか」
「通称神の木です。世界の始まりの地を示すとされ、大陸のみならず世界でも貴重な木ですね、神の木に触れた者は天国へ行けると言われており、そのために周囲を立ち入り禁止区域に指定しております」
カスパーがそれに食いついた。
「あの神の木ですか。でもたしかあのご神木はどの国も所有しないことで国際的に確認されていたはずですが」
「おっしゃるとおりです。それなのに今回、なぜか双方の国が突然に所有権を主張し始めたのです。これまでどおり、どの国も所有しないようにと言って聞かせてはいるのですが、互いに相手が所有を主張するのは間違えている、と譲りません」
なるほど、それがスタニスラフの計略か。あまりにも単純すぎて失笑した。不審に思っただろうカスパーとデュバルがにらみつけてくる。
まあ双方の国に真実を伝えれば解決するだけのことだ。これならすぐに公都へ帰れるだろう。
「状況は委細承知した。双方の責任者と話せばすぐに解決するだろう」
「あれだけの情報で真相がわかったとおっしゃるのですか、軍師殿」
「軍師は探偵も務まるからな」
「タンテー、ですか。どのような役職なのでしょうか」
この世界には探偵はいないか。まあ間諜がいるから情報収集には困らないし、事件があれば憲兵が乗り出すのだからいなくても当たり前なのかな。
「探偵とは、物事の秘密や真相を解き明かしたり暴いたりする職業を指すんだ。人が死んだら、どのような手段で死んだのかは医師が判断するものだ。それはこの世界でも同じだろう。しかし探偵は、その死者が誰かに殺されたと判断するときに、被害者の足どりを追って犯人を特定する役割を担うのだ」
「巷の推理好きとはまた違うのですか」
デュバルがすかさず聞き返した。
「それほど違わないかな。それを職業として責任をもって事件に当たるのが探偵で、好き勝手にそうではないかと言い立てるのが巷の推理好き。そう考えてもいいだろう」
「では探偵殿、今回の
「スタニスラフの牽制だよ。こちらの手を煩わされて準備をさせないつもりなんだろう。つまりスタニスラフは今頃侵攻の準備を着々と進めているに違いない」
「カナタ、そこまでわかっているのなら、小競り合いなどに奔走せず、急ぎ公都へ戻って軍をまとめたほうがよいのではないか」
「デュバルの言いぶんもわかる。だが、それでは解決が長引いて結果的にスタニスラフに利することになるんだ。今回の小細工がいともあっさりと解決されたら、そう簡単には攻めてこられなくなるし、なにかを仕掛けてくることも少なくなる。だから、はじめの一手であっさり解決に導く必要があるんだ」
「なるほど、だから軍師殿はすぐに解決に乗り出したわけですね」
カスパーは納得したようだ。
このぶんならエピオーネもユーハイム同盟に協力ないし軍の援護をしてもらえるかもしれない。
少なくともスタニスラフ戦ではエピオーネと組むのが既定路線である。同盟とエピオーネの軍を合わせれば、スタニスラフを兵力で上回れる。魔法がやっかいなのだから、兵数だけでも上を行くべきだろう。
だからスタニスラフはそうさせないための離間策に打って出たのだ。
「外交官、あと何刻で会談場所へ到着するのか」
「早馬を飛ばしてありますので、双方の代表はすでに神の木周辺に集まっているはずです。あとはこちらの到着するのを待つばかり。それもあと半刻です」
「了解した。ではそれまでに役回りを決めておこうか」
「役回り、ですか」
外交官も含めてその場にいた者はすべて奏多を向いた。
「外交官はユーハイム公国の代表を務めよ。カスパーさんはエピオーネを代表してほしい。俺は仲裁役を引き受ける。デュバルは誰かが剣を抜かないよう牽制してほしい」
「もし誰かが剣を抜いたら」
「剣を狙って打ち落とせるならそうしてくれ。できそうにない場合は剣を抜いた者に愛剣を突きつけて押し留めてほしい」
「さすがに殺してはダメだよな」
「当たり前だ。怪我人をひとりでも出させることが、策を仕掛けたスタニスラフの狙いなのだから」
「怪我をさせずに制圧する。ちょっと厳しいかもしれんな」
「お前の腕前を信じるよ」
「期待されるのはありがたいが、責任は重大だな。俺は一介の剣士に過ぎないんだが」
「軍師の護衛なのだから、これからも危険と隣り合わせだと思ってくれ」
デュバルは苦い顔をしているが、これからも奏多の護衛を務めることになるのだから、多くの敵から軍師を守り抜くだけの気構えを持ってもらいたいところだ。
「軍師殿、よろしければ私も警護に付きましょうか。
「カスパーさんはエピオーネとの接着剤になってもらわなければ困る。それに兵法を修めた者のうち三名でが同じ戦場では危険性の管理としてはザルもいいところだ」
「しかし」
カスパーがなにを考えているのかはわからない。
ただ、どうも単に兵法を習いたいわけでもないようだ。
勉強に励む姿は真剣そのもので、その点疑う余地はないのだが、なにか腹に抱えているものがあるような気がしていた。
もしかして奏多のそばで実戦を経験して学びたいのかもしれないな。
しかしそのような場面は訪れないかもしれない。
順調にいけば、次の敵はスタニスラフだ。それまでに各国の兵を集めて合同演習をする必要もあるだろう。
(第八章完結。次話より第九章スタートです)
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ここまでお読みいただきまして誠にありがとうございます。
本作はすでに第一稿が完成しており、期間内での完結を保証致します。
面白かったと感じられましたら、ハート評価や★評価、フォローなどしていただけますと、連載が捗ります。
ほどほどかなと思いましたら、いずれ始まる次なる戦に備えて気を楽にして読み進めていただけたらと存じます。
それまでは戦闘準備に奔走しますので、ここをしっかり把握すると兵法が好きになるはずです。
皆様に兵法物語を楽しんでお読みいただけたら幸甚です。
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