第31話 小競り合いと仲違い

 かながエルフィン、カスパー、ショーカに兵法を教えていたとき、ユーハイム同盟に参加している小国同士がふとしたきっかけで仲違い寸前にまで発展した。

 ハイブ公爵は外交官を派遣するものの事態は沈静化できない。公爵と面会した奏多は、事の重大性を正確にとらえた。


「カナタよ、両国の仲違いは同盟軍においてもあしかせとなろう。行ってわだかまりを解消してきてくれない」

 奏多に白羽の矢が立った。


 まずどのような理由で仲違いが発生したのかを知るために、双方へ問い合わせた。返ってきた答えは、双方が相手の不義を言い募っているだけだ。

 ここまでこじれるのはあまりに不自然である。

 おそらくはスタニスラフがユーハイム同盟にくさびを打つのが目的だと察せられた。


 練兵場で待っていたエルフィン、カスパー、ショーカに意見を聞いてみる。

「エルフィン殿は、この二国をどう扱うのがよろしいとお考えか」


「そうだな。両国に自省を促して、こじれた糸を解く必要がありそうだ」

「ショーカ殿はどう思うか」

「双方が自らの正義を主張して、相手の不義を鳴らすという事態はあまり見たことがありませんね。何者の仕業なのでしょうか。おそらくスタニスラフが裏で糸を引いているはずです。今同盟の不和を煽るのはあまりにもスタニスラフに有利です」

 カスパーの言いぶんはもっともだ。こちらの想定も同じなのだから。


「ハイブ公爵からの要請で俺は二国に向かわなければならない。護衛にデュバルを伴うが、付いてきたい者は連れていくが」


「軍師殿、できれば私もまいりたいのだが」

「エルフィン殿は俺に代わって兵の調練を頼みます」


「私は内政しか行なってこなかったので、外交折衝は不得手です。もちろん軍師殿の手並みを拝見したいのはやまやまなのですが」

「まあ誰も付いてこなくてかまわない。いずれも名のある将軍なのだから、外交までこなさせるのは難しいからな。では今回は私とデュバルだけで行動しよう」

 デュバルにひと声かけると、出発の準備にとりかからせた。


「軍師殿、私もお役に立ちたいのですが」

「カスパーさんは外交の経験があるのですか」

「こう見えて、元はちょう隊の隊長です。交渉はお手のものと自負しております」

 ここでやる気を見せているカスパーを拒否すると、不満を溜めかねないか。


 エルフィンはユーハイム公国出身だから裏切らないとは思うが、ショーカもカスパーも機嫌を損ねないように取り扱わなければならない。


「わかった。それではカスパーさんは付いてくるように。出発の時間も惜しいので、すぐに手荷物を揃えてほしい」

 カスパーは明快に答えると、すぐさま割り当てられている自室へと駆け出した。


 正直、カスパーの実力は未知数だが、外交に興味があるのであれば、憶えるのも早いだろう。

 しょかつりょうを鑑みれば軍師の役目のひとつに外交がある以上、最終的には三人に教え込まなければならない。


「エルフィン殿とショーカ殿は、どのようにすればこじれた両国を対話に向かわせられるのか。いくつか案を考えておきましょうか。軍師として、いずれ外交についても教えなければなりませんから。ですからショーカさんはできれば早めに外交を経験しておくべきです。今回は小競り合い程度のようですから、俺とカスパーさんで収められるでしょう。しかしスタニスラフが分断を図ってくるのは確実ですから、その際は全員が諸国をまわらなければなりません」


「了解しました」

 エルフィンとショーカの声を聞いたのち、デュバルにも声をかける。


「さて、肝心のわれわれの準備がカスパーさんに遅れてはシャレになりません。デュバルも出立の準備を整えてくれ。俺の準備はいつもできているから」

「すでにできているって。カナタ、お前予想していたのか」


「いや、軍師はいつ行動を求められるかわからない。いつでも出立できる準備は軍師としては当然だと思ってくれ」

「そんなものですかね。偉いんですからもっと鷹揚に構えていてもいいんじゃないですか」


「それでは軍師は務まらないよ、デュバル。国事をゆるがせにするものと対峙するのが軍師なのだから」

「戦場だけではダメなんですか」

「ダメだね。そもそも軍は外交の延長線にあるものだ。つまり外交手段のひとつに軍事があるのであって、軍事だけで外交を決めることはできないんだ。だから今回のような事態にも軍師が出向く必要がある」


 エルフィンとショーカが口を開く。

「その点、将軍は楽だな。軍事だけしていればいいのだから。他国との折衝なんて将軍の仕事ではない。いかにして眼の前の敵を倒すか。それだけを考えていればよいのだからな」

「私は後方支援専門できましたが、やはり外交も求められるのでしょうか。できれば後方支援だけをやりたいのですが」


「兵法を学めば、後事を託す人材を軍師に仕立てることもできます。それに仮に同盟が統一国家となったとき、軍師がひとりではすべての面倒を見られないのです。だから国体が大きくなるに従って、軍師の数も増やさなければなりません」

「ということは、われわれ兵法を学んでいる者は、統一国家の軍師候補ということになるのでしょうか」

「まあ、俺が別の世界に行ったとしたら、そうなるのが大陸の平和のためにはよかろう」


「軍師殿は異世界からやってきたとお聞きしましたが、また別の異世界に向かうということですか。それとも元の世界に戻られるということですか」

 ショーカの疑問はもっともだ。


「いや、自分でもどうなるのか予測できないんだ。この世界に来られたということは、別の世界にも行ける可能性があるし、元の世界に戻る可能性もある。だから、俺がここにいるかぎりは軍師を続けられるが、それがいつまでもつかは将来にならないとわからない。だからやり残したくはないんだ」


 するとカスパーが荷物を抱えて戻ってきた。

「早かったですね。デュバルも早く用意してください。俺はすでに準備ができているから」

「わかりました、カナタ。まあ三日分の衣服があれば事足りるでしょうからね。ちょちょいと見繕ってまいります」

「それでは俺も荷物を持ってくる。カスパーさんはここでちょっと待っているように」

「はい、軍師殿」


「ショーカ殿、エルフィン殿と協力して馬や食糧などの手配を頼みます。デュバルが言ったように当面は三日分あれば事足りるはずですから。それを過ぎたら現場で買うまでです」

「わかりました、軍師殿。エルフィン殿、さっそく手配しましょう」


 せっかく急いでやってきたカスパーさんをひとり軍師の執務室に残して、皆がそれぞれの役割についた。




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