第八章 小国の小競り合い

第29話 小競り合いと軍師の弟子

 かなはハイブ公爵の話を聞いていて、どうやらエピオーネ国のカスパーに思うところがあるようだと感じた。


「ところで、エピオーネのカスパーはどう扱うのか。カナタの弟子にするのはよいとして、いつ裏切るかわかったものではないぞ」

「裏切りには注意いたします。ただ、そんなに警戒していても、かえってカスパーの疑念を招きます。こちらは賓客として扱い、そのうえで弟子として兵法を教え込むことになるでしょう」


「兵法を伝授する際、デュバルはどうするのだ。あれがカナタに付いているから、私も安心しておるのだが」

 暗にデュバルを傍に置け、と言っているようだ。


「デュバルはこの世界の文字を知らない僕を手助けしてくれています。こちらの質問に三名がどのような解答を出すかを確認しなければ教えようもございません。ゆえに私の傍から離れさせません」

「そうか、それは頼もしい。だが、それでは知らぬ間にデュバルへも兵法を教えているようなものではないのか」

「門前の小僧習わぬ経を読むと言いますので、それは否定できません」

「モンゼンノコゾー、とはどういうことだ」

「私の国に仏教という宗教があります。その活動拠点を寺といい、布教と実務を担うのが僧です。小僧はこの僧のもとで雑用をこなしている子どもを指します。経とはその宗教の神聖な言葉であり一種の歌です。つまり経を教えられてもいないのに、門前に立つ小僧は経が読めるほど物事に通じるものだ、という意味です」


「なるほど、デュバルが傍で兵法を聞いていれば、習ってもいないのに兵法に通じてしまうわけだな。そしてわが国にとっては三人目の兵法家になるし、天下無双の剣才を誇っておるから生存率も高い。きっと名のある武将となるだろう」


 ということは、デュバルを武将として運用できるように鍛え上げたほうがよいかもしれないな。

 剣の腕は一流なのだから、剛毅な武将になりうる。これは有効な選択肢になるだろう。

 もし僕がもとの世界へ戻るとしたら、エルフィンだけでなくデュバルも兵法を操ってくれればハイブ公爵の助けになるだろう。


「公爵閣下のお心次第ですが、デュバルをエルフィンの下で武将として扱っていただけないでしょうか。私がいつ別の世界へ行くことになるともかぎりません。こちらの世界に来られたということは、別の世界へも去ってしまう可能性がないとはいえません」


「カナタはこの世界に残ってくれないのか」


「別の世界へ行くことが避けられるのかどうかすらわからないのです。いつ僕がいなくなってもいいように、この世界に兵法を残すのです。その意味ではデュバルが兵法に通じてもかまわないのではないでしょうか。僕が去ってもエルフィン殿が軍を率いてくれますが、エルフィン殿が倒されてもデュバルさえ無事なら兵法による統率は継続できます。とくにデュバルは剣の腕で右に並ぶ者のないすぐれた兵です」


 またハイブ公爵のわからない人名を出してみるか。

「僕のいた世界で古代中国にかんというすぐれた武将がいました。個人の武では敵する者はおらず、それでいて一軍を率いて弱い国だった蜀が天下三分の鼎のひとつとしたのです。デュバルも関羽のように、個人の武で不敗、軍を率いても賢いという英傑にしてみてはいかがでしょうか」


「カンウか。天下一の武将としてはチョーリョーがカンシンという者の名を残しているな」

かんしんちょうりょうが仕えた漢の高祖・りゅうほうで最強の武将だったとされています。同時代では敵対した楚の大将・こうくらいしか倒せる者はいなかったでしょう」

「カンウはそのカンシンより強いのか」


「韓信はなかなかの知恵者でしたが、野心に満ちていました。そのため楚漢戦争で漢が勝利したのち、懲罰を受けて主君に倒されてしまいました。関羽は義に篤く、命令されたことをこなすのに適した武将です。そのため敵味方問わず羨望の的となったのです。しょくと敵対したの王・曹操もなんとか関羽を手懐けようと必死になったくらいです。どちらを目指させるかといえば、関羽でしょう」


「なぜチョーリョーはカンウを語らなかったのか」

「関羽は張良の三、四百年後の人物です。神仙を目指していたとされる張良でも知り得ない人物だったのです」


「つまりチョーリョーののち、天才軍師としてショカツリョーが、最強武将としてカンウが生まれたわけか。そんな人材を誇っていたショクが三国を制したと」

「いえ、蜀は最初に滅ぼされました。まず関羽が居城を水攻めされて呉のりょもうに殺されています。そののち、主君・りゅうが戦没するとしょかつりょうが後事を託されたのですが、ひとりで背負い込んでしまって体を壊し、病没しました。これで蜀を支えていた者がいなくなり、魏のちのしんに滅ぼされたのです」


 ハイブ公爵は考え込んだようだ。


「いくら最強の人材を得ても、それに頼り切りではいつか敗北します。ユーハイム公国もそのときの蜀のようなものです。今はエルフィン殿とデュバルで国を保っていますが、いついなくなるかはわかりません。そのとき、頼り切っていたぶんだけ弱点は大きくなってしまいます。ですので、エルフィン殿とデュバルに兵法を教えても、それだけでユーハイム公国が安全になるわけではないのです」


「優秀な人材にはまかせるべきだが、頼りすぎるのも問題というわけか。そしてそれはカナタにも言えることだと」


「はい、僕がいつこの世界を去ることになるかわからない以上、僕に頼り切りでは困ります。ユーハイム公国はジロデ公国とエピオーネと手を組んで同盟をなすべきです。そうすればスタニスラフを抑え込むことも可能となるでしょう。まあそうなったら三国の切り離しを図るでしょうが」


 そうなったとき、切り離しを食い止めるのは僕には不可能だ。この世界の人間に託さなければならない。

 憂いのない状況を作り上げなければ奏多自身が後悔することになるのだから。




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