第28話 兵力再編と帝王学 (第七章完)

 突然のハイブ公爵からの呼び出しに応じたかなは、公爵の執務室へ向かった。


「急の呼び出し、すまなかった。エルフィン将軍からジロデ公国とエピオーネにも兵法を伝授すると聞いてな。なぜ私には教えてくれないのか。ちょっと気になったのでな」


 わかりやすい嫉妬だな。

 自分を最もひいきしてくれないとダメと考えるのは中国古典でも強く戒めているところだ。

 トップに立つ者は、孤独を甘受しなければならない。

 周りにいる人はすべて自分を正してくれる人だと認識していないと、いずれ増長しちょうらくは免れない。


「公爵閣下はこれから覇者になるべき方です。兵法など軍人に任せましょう。為政者は国を導くのが仕事です。それに兵法が必要になることはございません」


「だが、知らないよりは知っているほうがよくはないか。誰が裏切るかわからぬ世の中なのだから。たとえばエピオーネは軍の大きさではユーハイムを上回る。いずれ裏切らないともかぎらないではないか」


「平和統治を軍事力を背景にして行なうのは間違っております。それは平和ではなく抑圧です。その状態が長く続けば、必ずや民衆は公爵閣下をしいして政権を転覆させるでしょう。だから軍事力は国防のみに限定し、政治は国民との約束を違えないよう執り行なえばよいのです」


「しかしだな、カナタ。もし私が謀反に遭ったり刺客を送り込まれたりしたら、やはり軍事力でなんとかする以外にあるまい」


 詰まるところ、ハイブ公爵はまだ覚悟が決まっていないということか。

 もし覚悟が決まっていれば、謀反や刺客などに煩わされることなく、政治を取り仕切れるはずだ。


「その代わりといってはなんですが、ハイブ公爵には帝王学を学んでいただきます」

「帝王学。なんだそれは」


「人々の頂点に立つ者が、どんな心構えで政治に向き合い、人民を救済し、国を富ませるのか。その方法論をまとめたものが帝王学と呼ばれるものです」

 これにはハイブ公爵も興味を惹かれたようだ。


「ほう、それが帝王学か。であれば、私は大陸を統べる頂点に立つ者という認識でかまわないか」

「閣下にはそうなっていただきます。軍事力を持ち、どんな敵をも屈服させうる為政者を覇者と呼びます。この世界には王者がおりますので、目指すは覇者です。覇者は周りの声に耳を傾けます。ときには耳の痛いことを言われますが、それを教訓として自らを律していけば、いずれ閣下も覇者と呼ばれるようになるでしょう」


「その帝王学は他の者に教えるのか」

 ハイブ公爵にとっては重要なのだろう。もし帝王学すら他の者にも授けられたら、覇者の座を奪われかねない。


「いえ、帝王学は公爵閣下のみに伝授いたします。同じ時代に複数の覇者がいては騒乱のもとですからね」


「しかし、少なくともカナタは帝王学も身につけておるのだろう。カナタがもし覇者を目指しているのならば、私に教えるのも憚られるのではないか」

「確かに私は帝王学にも通じておりますが、それは兵法を完全なものにするためであって、自ら覇者となるためではございません。そもそも兵法はさまざまな事態を想定してその対処法を学ぶものですし、他人を制するための術です。帝王学はより多くの人のために政治を行なうためのものです。他人を威圧したり騙したりするのは帝王学とは申しません」


「それを聞いて安心した。よろしい。それでは私には帝王学を教えてもらおうか。他に兵法を授ける者もおるから、激務になるやも知れぬが」

 どうやら不信感は拭えたようだ。

 まあ大陸を統べる覇者になれ、といわれて不平を鳴らす人物もまずいまい。


「兵法は三人同時に教えますので、手間はそれほどかかりません。その合間に帝王学を基礎から授けてまいります。今優先するべきは兵法なので、帝王学を後回しにするのは心苦しいのですが」


「よいよい。カナタができるときだけ教えてくれるのならばな。それにすぐ覇者になれるものでもなかろう。じっくりと取り組ませてもらおうか」

「まずひとつ目の教えを今するとしたら、他人にしっしないことですね」

「嫉妬しないこととは」


「周りの注目が他人に集まったときでも、自分をしっかりと保ってやるべきことを遂行するのです。他人をうらやんで注目を集めようとしない。これが嫉妬しないこと、です」


「他人を嫉妬しないことか。確かにこれは実行しやすいな。他になにかないのか。今できるものとしては」

「そうですね。他人のかんげんを受け入れることですね」

「諫言とは」


「こんなことをしてはダメだとか、こんなことをしてくださいとか。たとえば公爵閣下の意に沿わない耳の痛い忠告もありますよね。それを諫言と言います」

「たとえば、今ならカナタに兵法を学んではならないと言われたら、それが諫言でありその意見を聞き入れればよいのだな」


「概要としてはそのようなものです。ただ、進言の良し悪しはきちんと区別してください。言われたことのすべてを受け入れていては、その者の操り人形になってしまいます」

「それは困るな。誰かの操り人形になるのはごめんだ」


「進言をなんでも受け入れるのではなく、直言してくれる腹心の臣下をひとりお決めください。その者の人格が素晴らしく、言うことがいちいちもっともであれば、そのひとりの諫言に従えばよいのです」


「直言してくれるすぐれた臣下、か。今はカナタがそれに該当すると思うが。その場合はカナタの言葉を受け入れればよいのか」


「できればこちらの世界の者を選んでください。僕がこの世界にやってきたということは、いつ元の世界へ戻ることになるのかわかりません。それでは公爵閣下を諫言する者がいなくなってしまいますので」


「カナタは元いた世界に戻りたいと考えておるのか」


「わかりません。この世界は私の兵法の知識を活かせる場であることに疑いの余地はありませんが、人生それだけで安泰というわけでもありませんから」


 これでハイブ公爵が納得してくれれば、ユーハイム公国の体制を大幅に強化できる。

 本当にハイブ公爵を覇者に押し立てることも不可能ではなくなるだろう。




(第七章完結。次話より第八章スタートです)


────────


 ここまでお読みいただきまして誠にありがとうございます。

 本作はすでに第一稿が完成しており、期間内での完結を保証致します。


 面白かったと感じられましたら、ハート評価や★評価、フォローなどしていただけますと、連載が捗ります。

 ほどほどかなと思いましたら、いずれ始まる次なる戦に備えて気を楽にして読み進めていただけたらと存じます。

 それまでは戦闘準備に奔走しますので、ここをしっかり把握すると兵法が好きになるはずです。

 皆様に兵法物語を楽しんでお読みいただけたら幸甚です。




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