第27話 兵力再編と兵法伝授

 ユーハイム公国へ帰還すると、さっそくカスパーを軍師の執務室へ呼んだ。


「さっそくで悪いが、カスパーさんはいったんエピオーネに戻るべきだ」

「それは、私に兵法を教えたくないとのお考えなのですか」


「いや、教えないとは言っていない。まずエピオーネで正式に兵法を学ぶために俺のもとで勉強したい、と許可をとってきてほしいんだ」

「許可が必要なのでしょうか。エピオーネの幹部で兵法に精通している者など誰ひとりおりません。だから私はここで兵法を学びたいのです」

「それゆえに許可をとってほしいのだ。もし兵法を学んだとして、そのあとに軍を指揮しなければ意味がない。将軍は難しくても軍師として働くことはできるはず。その確約を得てほしい。そもそも現状はちょう隊の隊長という立場だから、今のままでは軍師に就くことすら難しいだろう」


 その言葉にカスパーは腕を組んで考え始めた。

 なかなか決心がつかないようだが、ようやく言葉を絞り出した。


「わかりました。それではいったんエピオーネへ帰りましょう。そして正式に許可を得て戻ってまいります。その際は必ず兵法をお教えいただけるのでしょうか」

「それは約束しよう。わが国のエルフィン将軍とジロデ公国のショーカと三名に教えることとする。この三大国で最強のスタニスラフと対峙すれば、勝算は高くなるからな」


「了解しました。それではさっそくエピオーネへ話をねじ込んできます」

「必要であれば、書面を持たせよう。俺がカスパーさんに兵法を教えるつもりであることを記して。そうすれば兵法を修めて帰国した際に軍師の地位が確実になるかもしれない。少なくとも俺がそう思っていることをエピオーネの首脳部に伝えれば、妨げる者はいなくなるだろう」

「お心遣い痛み入ります」

「ではさっそく書面を用意させよう。私はこちらの世界の文字は書けないのでな。デュバル、代筆を頼んだぞ」

 そばに控えていたデュバルが書類一式を持ってきた。


◇◇◇


 カスパーは書面を持ってただちにエピオーネへと旅立った。

 次にエルフィンを呼び出し、ショーカに話を通してもらえるよう頼むことになる。

「エルフィン殿、ジロデ公国のショーカを呼んでいただけませんか」

「なにをしようというのだ」


「エピオーネのカスパーと、エルフィン殿とともに兵法を学んでいただきます」

「いいのか。兵法は秘匿するものだと言っていたではないか」

「エピオーネを降して考えを改めました。今は三大国いずれもがスタニスラフに狙われています。俺はユーハイムにしかおれないのから、ジロデ公国とエピオーネにも自衛手段を授けておきたいのだ」

「もしふたつの大国が領土的野心を抱いたら、ユーハイム公国も危うくならないか」


「三大国が兵法を有していれば、互いを牽制するだけで終わります。兵を挙げた時点で負けが確定するからです」

 まあそれだけでは負けは確定しないのだが、今はそこに言及するべきではない。


「唯一の懸念は、エピオーネとジロデ公国が手を組んでユーハイム公国に攻め込んでくることです。それを避けるためにも、エピオーネは権限の小さなカスパーに教え、ジロデ公国は後方支援を担うショーカに教えるのです。このふたりなら手を組んでユーハイムを倒そうという発想にはならないはずですから」

「うーん。なかなかすぐに納得できる話ではないな。兵法は独占しておいたほうが有効だろうに」


「エルフィン殿のおっしゃりたいこともわかります。しかし兵法の観点からいえば、間違いなく三国で共有するほうが利は大きくなります。手を組んだ大国がジロデ公国のみでは覇を競うおそれもありますが、エピオーネとも組んでいれば、仮にジロデ公国が反旗を翻してもエピオーネとの連合軍で撃ち破れます。逆もまたしかり。つまり大国が三国になった時点で、最善策も変わるのです」


 エルフィンは疑問に感じたようだ。

「ということは、スタニスラフを降したとき、彼らにも兵法を教えるのか」


「それは状況によりけりです。もしスタニスラフが一国で他の三大国を敵に回して勝てるようであれば教えるのは危険です。しかし敵しないのであれば教えてもよいでしょう。大陸が安定的に平和になるには、スタニスラフをどうするかを考えなければなりません」


「私としてもユーハイム公国にしても、スタニスラフと和睦できるとは考えていない。しかし、軍師殿ができると判断するのであればそれに従おう」


 それが長年虐げられてきた国々の共通認識だろう。

 だからカスパーはユーハイムと組んでスタニスラフと対峙したいと考えるはずだ。


「先ほども申したが、すべてはスタニスラフの出方次第。敗れたとしても領土的野心が旺盛であれば、兵法を教えるのは危険極まりない。俺としては、最強を自負するスタニスラフが敗れれば、鼻を折られてすぐには回復できないと想定している。さらに領土の割譲を要求して、四大国が対等の国力となれば、互いに牽制しあえるので有効な策となりえます」


「もし領土の割譲に応じなければどうするのだ」

「その場合は大陸で孤立させればよいでしょう。いくら強くても、一国で大陸全土を相手にすることはできません。孤立させて貿易を制限すれば、国力は次第に衰えます」


 まあ戦後処理を今の時点で考えてもあまり意味はない。

 しかしエルフィンが警戒していることはわかった。


 これからはまず三大国で同盟を結び、スタニスラフの野心を挫くことを第一とする。それでも攻めてきたら、兵法で叩きのめすだけだ。


 最強国は、だからこそ孤立せざるをえないことを今の時点で理解できているのは奏多だけだった。




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