第26話 兵力再編と戦わずして勝つ

 奏多への協力を約束したエピオーネ軍司令部は、兵を率いてエピオーネ領へと戻っていった。

 激しい戦いだったが、死者は少なくほとんどの兵は五体満足での帰国である。

 その行軍に付き添わず、カスパーは奏多やデュバルとともにユーハイム公国へとやってきた。


「カスパー殿、ちょう隊を運用せずにユーハイム公国へ赴いてだいじょうぶなのか」


 デュバルの問いかけにさも当然というふうでカスパーは答える。

「輜重隊については副長にまかせておいた。やつもそろそろ独り立ちしなければならんしな」


「仮にもエピオーネは大国だろう。自分の仕事を放棄して懲罰は受けないのか」

「こたびの戦はユーハイム同盟軍の勝利だ。その戦後処理のためにこちらへ来ている、ということにしてある。そもそも軍師殿は司令部をまるまる帰国させようとしていたのだから、少しは手伝いも必要だと思ってな」

「カスパーさんありがとう。おかげで両国の連携がうまくいきそうだ」


 奏多は気になっていることを尋ねた。

「ところで、カスパーさんは魔法は使えると思うけど、火炎魔法の使い手なのかな」

「はい、火炎魔法を扱えます。それがなにか」

「できれば私の眼の前でエピオーネの火炎魔法を実演してほしいのだ。どのような魔法があるのか知らないと、エピオーネはただ兵の多い国になってしまうからな。魔法の種類を知れば使いどころも見えてくる」


「そういえばカナタはユーハイム公国の水氷魔法も詳しくなかったよな。そちらも習わなくてよいのか」

 デュバルが横槍を入れた。痛いところを突いてくるな。


「ユーハイム公国の魔法はエルフィン将軍に一任しているからな。カスパー殿から火炎魔法を習うときにエルフィン将軍から聞き出すさ」

「ということは、軍師殿は魔法のなんたるかを知らずに戦を指揮していたのですか。それでわが方を完封するとは。神算鬼謀とはまさにこのことですね。これで魔法に精通すれば、向かうところ敵なしでしょう」


 カスパーの言いようもわからないではないが、魔法を使わせない戦い方を徹底すれば、あえて魔法に頼る必要もない。


「提案なのですが、私が火炎魔法をお教えしますので、軍師殿は私に兵法を教えてくださいませんか」

 そういう打算で魔法を教えようということか。


「兵法を教えるなら、カスパーさんだけでなく、エルフィン将軍とショーカにも教えるべきだろうな」

「そのおふた方にも兵法を教えておられないのですか」

「兵法は型を教えるのは至極簡単なんだが、実戦で役立つ状態に持っていくのはかなり難しい。中途半端な兵法は、かえって敵に付け入るスキを与えてしまう。昔から、生兵法は大怪我のもと、ということわざもあるくらいだからな」

「生兵法は大怪我のもと、ですか。つまり免許皆伝するまでは実戦では使わないにかぎるということでしょうか」

 まあ兵法の根付いていない世界ではなかなか理解しづらいとは思うのだが。


「そうだな。型どおりの兵法は相手に読まれやすいし、裏をかかれるもとともなる。きちんとリスクをとってでも利益ができる状況でなければ、兵法はかえって害になる」


「リスクとは」

「損失のことだと思ってくれていい。つまりどのくらいの損失を織り込んで、利益が得られる確率と天秤にかけるんだ。もし損失が利益を上回ったり、旨味がないと判断したら、戦わずに兵を引く勇気も必要だ」

「なるほど。損失を考えたうえでの判断ですか。エピオーネではいかにして勝つかのみを教えられますから、発想が斬新ですね」


「斬新、ね。それは兵法が未熟だからこその感想だな。兵法は単に敵を倒すのではなく、戦場を制するためにある。エピオーネ戦ではとくに兵法の理念に適った戦い方をしているからな。おかげでエピオーネ軍の死者は少なかったはずだ」

「確かに。大軍がぶつかりあったので、完全に死者なしとはいきませんでしたが、それでも奇跡的な死者数に驚いています」

「これも兵法ということさ」


 兵法はいかにして敵を打ち負かすかを見られることが多い。

 しかし実際には戦わないための技術なのである。

 戦えば必ず勝てるから、相手は仕掛けてこられない。

 中国三国時代、天下三分を成し遂げたしょかつりょうは、抜群の兵法を有して数にまさる魏や呉からの侵略を防ぐことができた。

 外交交渉の賜物ではあったが、やはり諸葛亮が一流の軍師でもあったことが要因だろう。


「兵法は単に敵を打ち負かすものだと思っていたのですが、殺さないためにも使えるのですね」

「そういうことだ。眼の前の敵に倒すだけでは下策なんだ。いちばんいいのは戦わずして勝つこと」


「戦わずして勝つ、ですか。理想としてはそうでしょうが、実際問題として可能なのですか。わが国と戦って勝ちを収めましたが、戦わずに勝てた状況なのでしょうか」


「こう考えられないか。今回の一戦は避けられなかったとして、結果を見てそれでもエピオーネはユーハイム公国に攻め込むと思うか」

「難しいでしょうね。あれだけ完膚なきまでに叩かれては、次戦で勝つためには相当な準備が必要になるでしょう」


「それが戦わして勝つ、という状態なんだ。確かに一戦はしたけど、それ以降は戦わないでエピオーネを制することができた。つまり戦わずして勝つことは達成できたわけだ」

 兵法へさらなる興味を抱かせる事例を挙げてみた。


「そう言われれば確かに。今のユーハイム公国を敵に回しても勝てる気はしませんからね」

「戦わずして勝つとはそういうことだったのか。聞いたときは、でも戦っているじゃないかと感じていたのだが」


「次戦はないわけだ。これはジロデ公国も同じで、今のユーハイム公国と敵対することは、猛烈な反撃に遭って国体が危うくなる。そう思わせているから協力を惜しまないわけだ」


「ではスタニスラフも一戦して大打撃を与えて戦を回避させるおつもりですか」

「できればそうありたいのだが、スタニスラフの魔法が気になる。雷電魔法とのことだが、もしそうなら魔法としては最強といっていいだろう」


 それでもスタニスラフに勝たなければ、平和な世は訪れないのだ。

 彼の国の魔法を知るためには、ユーハイムの水氷魔法とエピオーネの火炎魔法のよいところを知ることから始めるしかない。

 どんな原理で魔法が発動しているのかを知るだけでも、スタニスラフへの対抗策を練るには役立つ。

 そこまで到達してようやくスタニスラフと五分の戦いができるのだ。




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