第七章 兵力再編

第25話 兵力再編と協力

 エピオーネ軍を降して司令部をまるごと捕縛した奏多は、そのなかから味方になりそうな人物を見繕うことにした。


「話は変わるが、俺の役に立とうと思う者はいないか」

「あなたの役に立とうと思う者、ですか」

「できれば全員が味方してほしいと望んでいるのだが、そちらにも都合があるだろう。だからあくまでも自身の意志で私の役に立とうと思う者を登用したい」


「それはわれわれを間諜に仕立てようということか」

 奏多は当然のように表情を変えなかった。

「それもある。だが、この戦で矛を交えたわれわれが手を組めば、次に控えているスタニスラフと五分以上の戦いができる。もしこのままエピオーネがユーハイムに負けたとすれば、おそらくスタニスラフはエピオーネに攻め込むだろう。一度大敗した軍が最強のスタニスラフに伍するものか。理解できない皆様ではないでしょう」


 その言葉で会話がピタリと止まった。

 ここは余計なことは言わずに彼ら自身でよく考えてもらうべきだろう。状況に流されて決断してしまえば、ちょっとしたきっかけですぐに裏切る。

 しっかりと冷静に考えたうえで下した判断なら、固い決意となって裏切ることはない。懐柔するでも脅迫するでもなく、自らの意志で決めればよいのだ。


「私は軍師殿に助力してもかまいません。この後にスタニスラフ戦が控えているのであれば、双方が兵を集めて統一された軍で対処するべきでしょう」

 女性の声がした。司令部のなかで女性はただひとりだ。


「お前の名前と官職は」

「カスパー、補給部隊の長を務めております、軍師殿。エピオーネの将来を閣下にお預けいたします。ですので、必ずスタニスラフを撃退してください」


 なるほど、スタニスラフとユーハイム同盟を戦わせるために、僕の味方をしようというのか。なかなかの策士だな。この強かさはわが軍にぜひとも欲しい。

 軍司令部の一員ではあるものの、この感覚は政治家として一流である。


「私も軍師殿を支持いたします。どうやら迫る脅威を取り除くには、あなた方ユーハイム同盟の助力が不可欠だろう」


 彼はカスパーによって釣られて支持を表明しているだけのようだ。だが、現状を正しく認識している。であれば、エピオーネ軍を率いさせて間違いないだろう。

「お前の名前と官職は」

「トッツィリンク、エピオーネ軍の将軍です」

 ということは第一印象どおり、彼にエピオーネ軍を統率してもらおうか。しかし、実戦部隊の将軍を増やしたところで兵権が割れて統一された行動はとりづらい。


「われわれも従わざるをえないだろう。現状でスタニスラフと事を構えても、勝利はおぼつかない。ここはわれらエピオーネ軍と軍師殿の率いるユーハイム同盟軍が力を合わせて対処するしかありません。お前もよく考えてみろ」

 この流れならおそらく残りのひとりも現状の正しい認識を強制されるだろう。


「わかりました。皆が軍師殿に従うのであれば私も従います。ただ条件があります」

 奏多が問い返した。

「条件、とは」


「スタニスラフ戦でエピオーネとユーハイムの合同軍を、軍師であるあなたが必ず全軍を指揮してくださること。それが条件です」

「つまりエルフィン将軍が率いるのは認めないわけだな。エルフィン将軍、なにか意見するところはあるか」


 急に話が振られたエルフィンは、やや間をとった。

 どうやらどちらに利益があるのかを考えているのだろう。


「私はスタニスラフ戦の指揮は軍師殿がとるべきだと判断する。残念ながら、私の力量では刃向かえないだろう」

 奏多はゆっくり大きく頷いて、司令部の面々の視線を集める。


「わかった。もとよりスタニスラフ戦は私自ら全軍を率いて戦わなければならないと思っていた。スタニスラフ戦では俺が直接指揮をとる。皆の者、それで異存はないな」

「ございません」

 これでスタニスラフ戦の陣容は整った。


「カスパーとやら。お前は私のもとで働いてもらいたい。エピオーネ側のちょう隊を委ねたい。わが軍の後方にも女性商人が輜重隊を買って出ているが、できればユーハイム領内だけで運用したい。彼女は平民の商人だからな」


「ということは、現在のセオリア平原までのへいたんをまかせているわけですか。よく商人が危険な輜重隊を買って出ましたね」


「もちろん危険手当は出している。それで運用しているだが、やはり軍属の輜重隊を是が非でも必要としている。もしカスパーにユーハイム領外の兵站をまかせられるのなら、エピオーネ、ユーハイム両軍は安泰だ」


 奏多はダメ押しした。

 これでエピオーネの輜重隊による双方の領外での補給は万全となる。とくに第一に俺への支持を表明したのだ。裏切るとは考えづらい。まあそもそもスタニスラフ戦で裏切れば、エピオーネも亡国が確定してしまうだろうが。


「ということは、それぞれの軍を養う役目を与えてくださるのですね。敗残の兵ではありますが」


「どのような戦でも、補給は最優先だ。今回の戦もわが軍は補給を絶やさず、腹を満たし疲れをとって準備万端整った兵を築き上げた。対してエピオーネ軍は戦場まで飲まず食わず休まずに駆けつけた。空腹と疲労の極みに達していたので、数ほどの働きは期待できなかった。そのためにわれわれは兵を動かしたのだ」


 エピオーネの司令部は皆唖然としていた。

 まさかエピオーネ軍を弱体化させてから戦を挑まれたとは思ってもいなかったのだろう。

 戦争は兵や将だけで決まるものではない。

 補給が滞れば、いかな大軍といえども長期戦に陥れば敗北は必至だ。

 そのくらいの分別はあると思っていたのだが。




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