第24話 エピオーネと終戦 (第六章完)

 かなはまだ夜が明けぬ間にセオリア平原に兵を並べて、エピオーネ軍を待ち構えた。

 斥候の話ではあと四半刻ほどで敵軍が到着するという。


 エピオーネ軍は長い距離を休まず行軍してきた。おなかは空いているだろうし疲れも溜まっている。今戦っても不利は免れない。

 しかしエピオーネ軍の首脳部はそう考えていないのだろう。

 数で圧倒できるという思い込みが正しい判断を鈍らせる。


 整然と居並ぶユーハイム同盟軍の眼前にエピオーネ軍が現れた。やはり不眠不休で前進を続けてきたのだろう。

 こちらは温かい食事をとり、じゅうぶんに休息をとっている。

 エピオーネ軍は空腹で疲れている。

 士気の高さには天と地ほどの差がある。あとは弱っているエピオーネ軍を戦闘不能に追い込むだけだ。

 そのために、まずは正面から当たり負けての退却を装う。


 エルフィンの掛け声で戦端が開かれる。

「全軍前進せよ」

 太鼓が連打され、ユーハイム軍は疲れたエピオーネ軍へと襲いかかった。

 組み合ったところで、すかさず金鼓が打ち鳴らされる。

「全軍退却せよ」

 これで当たり負けを装う。


 兵を宿営地の側へと後退させると、余力を駆ったエピオーネ軍がさらに突出してきた。

 エピオーネ軍が森の脇を越えてユーハイム軍に迫ったところで、早鐘が鳴らされた。


「エピオーネ軍、覚悟せよ」

 やにわに伏兵が出現して、エピオーネ軍の後方をやくした。

 ここからなら司令部を突くのは容易い。

 そして太鼓が再び連打された。


「全軍前進せよ。総反撃だ」

 エルフィンの声が勇ましさを宿した。

 二万のエピオーネ兵が前後から挟撃されることとなり、ここまで駆けつけた疲労も重なって反撃できずになぎ倒されていく。

 なるべく敵を殺さず、生かしたままでエピオーネ司令部に降参を強いるのだ。

 そのためにはきわめて暴力的な戦い方が必要となる。


 外から見ただけでは猛獣がウサギを噛み殺すかの如き激しさがある。

 しかし、実際に行なわれているのは、エピオーネ司令部から兵を切り離す作業である。

 しかも、空腹と疲労の極みにある兵は、たいした抵抗もせずに倒されていった。

 斬るまでもなく、突くまでもなく、叩くことでどんどん無力化していくのである。


 そして伏兵がエピオーネ司令部を直撃し、喉元に刃を突きつけた。

「軍師殿、これで終わりだよな」

「よくやった、デュバル。これでわれらユーハイム同盟軍の勝利だ」

 勝敗は決した。

 あとは両軍を止めて戦勝処理に移る。


◇◇◇


「貴様が噂の軍師だというのか。まだ子どもではないか」

「俺は高校二年生、十七歳だ。こちらではじゅうぶんに大人の年齢だろうが」

「たいして変わらんだろう。成人年齢は十六歳なのだから」

「では、エピオーネは子どもに負けた、と大陸中に喧伝してかまわないのだな」

 この言葉でエピオーネ司令部は態度を改めた。


「い、いや。貴様いやお前は大人だ。わが軍が子どもの浅知恵に敗れるはずもない。いずれ名のある兵法家なのだろう」

「俺は高等学校の二年生だった。兵法は趣味で憶えただけだ」

「趣味、兵法が」

 これにはエピオーネ司令部の面々は驚いたようだ。


「趣味であれ、兵法を学べる環境がうらやましいな。どのように勉強したのか、ぜひ聞かせてもらいたい」

「兵法の書物が山のように出版されている。それを読んで学んだにすぎない」

「山のように。さては戦に明け暮れた世界なのだろう」

「いや、平和な世界だ。俺の国は八十年ほどは戦などなかった」


「どのような書物があったのだ」

「俺は中国古典を多く読んできた。中でもけいしちしょが有名だ。『そん』『』『りくとう』『さんりゃく』『ほう』『うつりょう』『えいこうもんたい』の七つ。他にも『そんピン兵法』『しょかつりょうしょう』『さんじゅうろっけい』などもあるな。この中で最古にして最強と呼ばれるのがそんの書いた『孫子』と言われている」


「ソンブか。たしか古の軍師チョーリョーが、兵法の大家と書き残していたはず。失われた兵法をそなたが学んだというのか」

「俺の世界では、経営者や指導者で『孫子』を学んでいないものはまずいない。人の上に立つ者のたしなみとされている」


 漢の高祖・りゅうほうに仕えた軍師・ちょうりょうがこの世界に来たことは間違いないだろう。

 しかし、兵法のすべては意図的に残さなかったのかもしれない。

 兵法同士が争うと、両軍の被害が激烈になるおそれもある。

 であれば、ユーハイム公国と僕に味方してくれるだろう。


「そのような世界がなぜ平和なのだ。誰もが天下を獲れる状況ではないか」

「おそらくわが国は平和憲法を有しているからだな。他国に攻め込まないと国際的に約束しているから、戦乱に巻き込まれなかった。もし平和憲法がなければ、いずれ戦に引きずり込まれたことだろう」


「平和ケンポー、とはなんだ」

「憲法とは、政府が国のあり方を国民や国際社会と約束した文書だ。平和憲法は戦勝国がわが国に押しつけたものではあるのだが、戦争には加担しない、紛争を戦争で解決しないと国民と誓約している。そしてそれは近隣諸国の知るところだから、あえてわが国に戦争を仕掛けてくることはなかったのだ。眠っている竜を起こす愚か者はいない道理だからな」


「平和ケンポーか。そんなに素晴らしいものならユーハイム公国も持てばよいではないか」

 その言葉に皮肉が混じっていると感じた。


「専制政治、冊封体制と憲法は相容れない。憲法は国体をいずれ民主化するものだからだ。国王の行動すら憲法に縛られる。それを感受できる為政者は少ないだろう」

「確かにわが主君なら自分を縛るものをわざわざ作るはずもない、か」


 どうやら憲法についても外部から学ばなければならない世界らしい。

 ということは民主主義や立憲体制とも無縁なわけだ。

 しかし平和と憲法は必ずしもイコールではない。

 たとえ憲法がなくても、専制君主が正しく政を行なえば、平和で平等な社会は成立しうる。


 要は頂点に立つ者の資質次第なのだ。




(第六章完結。次話より第七章スタートです)


────────


 ここまでお読みいただきまして誠にありがとうございます。

 本作はすでに第一稿が完成しており、期間内での完結を保証致します。


 面白かったと感じられましたら、ハート評価や★評価、フォローなどしていただけますと、連載が捗ります。

 ほどほどかなと思いましたら、いずれ始まる次なる戦に備えて気を楽にして読み進めていただけたらと存じます。

 それまでは戦闘準備に奔走しますので、ここをしっかり把握すると兵法が好きになるはずです。

 皆様に兵法物語を楽しんでお読みいただけたら幸甚です。




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