第23話 エピオーネと強行軍

 宿営を始めると、わが軍の斥候から報告が入った。


「エピオーネの斥候を見つけた。かねてからの約束どおり見逃して、エピオーネ軍へ報告に行くところを追跡する」

 とのことだ。


 あえて捕らえさせずに監視を続行させる。

 こちらが準備万端となる前に戦端を切らせようと焦って駆けつけることをかなは期待していた。

「普通、斥候は見つけた段階で潰しておくべきなのだが、なぜ軍師殿は見逃されるのか」


 エルフィンの疑問に奏多は平然と答えた。


「なに、エピオーネ軍がこちらへたどり着こうと飲まず食わず休まずに向かってくれば、こちらに有利だからです」

 敵がいるのだから戦わなければならないと思わせれば、視野が狭まるものだ。

 とくに凡将ほど、敵の存在をちらつかせるだけで倒しにやってくる。

 また凡将は斥候を放っていれば離れた場所の状況をすべて把握できると思い込むものだ。

 それを逆手にとってエピオーネを誘い込む罠に仕立てる。現に今は宿営を整えている段階だから、宿営には間に合わなくても寝起きを急襲できると見せつけることで、不眠不休での行軍を強いるのだ。


 斥候から続きの情報が入った。

「エピオーネ軍を発見した。休み休みなら二日後、強行軍なら翌未明に相対せるだろう」

 こちらの斥候の情報から概算での到達時間を把握した。どんなに早くても翌未明になるとのことだ。


「ユーハイム同盟軍、これより夕食にして早めに体を休めよ。決戦は翌未明だ。それまでにじゅうぶんに休息と睡眠をとって疲れをとり、空腹を満たしておくように。どんなに早くても敵は未明までやってこない。だから、皆安心して準備を整えよ」


 もちろん足の早い騎馬隊が先行して急襲してこないともかぎらない。

 だが、その場合は本隊から離れているので各個撃破の的にすればよい。

 エピオーネの騎馬兵とユーハイム同盟軍ではこちらが数で圧倒しているのだから。騎馬兵だけなら全軍で立ち向かえば簡単に勝ちが拾える。


 ここまでのエピオーネ軍の動きを伝え聞くに、騎馬兵は歩兵に合わせて進軍しており、総力戦を仕掛けてくることが考えられた。

 急行して各部隊がバラバラになる危険を恐れたのであろうが、それこそがこちらの狙い目でもある。

 各個撃破されるおそれを醸しつつ、あえてエピオーネ軍がまとまって行動してくれることにこちらの利を見るのだ。


 出撃で先手をとられたエピオーネ軍が遅れを取り戻そうと焦ってくれれば、奏多の計画にうまくハマるだろう。

 そして先手をとれた奏多は、さらにエピオーネ軍を焦らせるために、先に戦場を設定したのだ。


 エピオーネ軍はまんまと奏多の罠にかかったのである。


◇◇◇


 ユーハイム同盟軍は未明に軍を編成し、決戦場となるセオリア平原に陣取った。近くの森にも伏兵を置く。

 斥候の話から、エピオーネが強行軍でこちらに向かっているのがわかっている。

 奏多はすでに勝ったも同然の状況にいながら、単に敵を撃破すればよいものでないことも理解していた。


「軍師殿、こんな夜中に敵が攻めてくると思うか」

 エルフィンが兵を統率しながら奏多に尋ねてきた。


「私ならしませんね。でもエピオーネ軍は攻めてくるようです」

「なぜ軍師殿は攻めないのか。寝込みを襲うのは敵の意表を突くという一点で有効だと思うのだが」

「その一点だけが有効でも、それ以外の要素で劣るのですから、攻める理由がないですね」


「それ以外の要素とは」

「エルフィン将軍は空腹のときと満腹のとき、やる気が出るのはどちらか」

「満腹のときだな」

「では疲れているときと休みを終えたとき、やる気がどちらか」

「休みを終えたときだな」

「であれば、答えは決まっていますよね」


 エルフィンは膝を打った。


「なるほど、そういうことか。敵をわざわざ空腹と疲労の極致に置いてじゅうぶんな実力を発揮させない」


「それだけではないのだ。一戦で圧倒するためには兵力差以上の勝ち方が求められる。最も戦で大差がつくのか。そこを考慮してあるゆえ」


 緒戦で圧倒して交戦意欲を潰えさせる。

 そうしてエピオーネ軍を虜にして、協力者を得るとともにユーハイム同盟への参加をねじ込むのだ。

 なにせエピオーネを倒せば、残る大国スタニスラフが進軍してくるのは目に見えている。もしエピオーネ軍を手中に収めていないと数の不利は免れない。


「この一戦ののち、おそらくスタニスラフが動くだろう。そのとき兵の数だけでも対抗できなければ、スタニスラフが漁夫の利を得るだけだ。双方の兵力を可能なかぎり温存しつつ、エピオーネを封殺するのが今回の課題だ」


 戦って大きく勝つものの敵の損失を最小限に食い止める。

 この戦で奏多が欲しているのはエピオーネの軍勢である。

 同盟軍に加えれば、数でスタニスラフと互角以上に渡り合える。


 もちろんスタニスラフの雷電魔法は数の不利をひっくり返すだけの強さを誇っている。スタニスラフが大陸最強との呼び声が高いのも、火と水のように拮抗する関係ではなく、どんな環境でも発生させられる雷電魔法を有しているからだ。

 もちろん対策がないではない。

 しかし、可能であれば兵数だけでもスタニスラフを上回るのが上策だ。


「それはかなりの無理筋だな。どんな魔法を使えば達成可能なのか」

「魔法など必要ないな。どうせ双方の魔法は互いに打ち消し合うだけで効果を発揮できないからな」


 容易に勝てる状況で、難しい課題を難なくこなす。

 だからこそ軍師は他の軍を出し抜けるのである。


「それでは軍師殿の手並みを見させてもらおうか」

「魔法を使ったかのごとく、華麗に勝てるはずですよ。できうるかぎり両軍の兵を損ねずに勝つのです。そのためには準備の整ったわが軍が、伏兵の位置まで後退しなければなりません。今回は伏兵がものをいいます」


 そうなのだ。

 今回は伏兵による奇襲攻撃でエピオーネ軍を壊乱に追い込むのが目標だ。




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