第22話 エピオーネとセオリアの滝
セオリアの滝の手前に宿営地を定めて、後発の本隊へと場所を伝えにデュバル隊のひとりを走らせる。
「ここを宿営地に選んだ理由を教えてくれないか」
デュバルは疑問というより好奇心で尋ねてきたようだ。
「セオリアの滝に近いから、水源を確保できる。水がないと人は三日で死ぬといわれている。だから水源は重要なんだ。それに今回の敵は火炎魔法にすぐれたエピオーネだから、いつ火攻めをされるかわからない。その場合の消火を考えると、やはり水源に近いほうが有利だからな」
「なるほどね。消火しやすいのであれば、混乱することも少ないわけか」
「だが、それだけでここを宿営地にしたわけじゃないんだ。もっと兵法的な理由が隠されている」
「兵法的な理由ですか。今は教えてもらえないんですよね」
「そうだ。敵にバレると優位性がなくなってしまうからな。隠せる情報は徹底的に秘匿する。これも兵法の基本のひとつだ」
対戦するときまでは誰にも明かせない。
誰もが気づいてしまう可能性がある以上、そこに気を回させる余裕を兵たち与えるわけにはいかなかった。
「では、実戦でその理由を見せていただきましょうか。もちろん今回も勝つんですよね」
「その予定だが、なにせ相手がいることだからな。もし敵に俺以上の策士がいれば、作戦は看破されるかもしれない」
「いますかね、そんなやつが」
「いないともかぎらない。俺がこの世界にやってきたことを考えれば、他にもすぐれた者が来ないと断言はできないからな」
「確かにそのとおり、か。せいぜいすぐれた敵が来ないことを祈りましょうか」
兵法を活かすには、情報の
自らよりも強い相手を打ち負かすことに快感を覚えるタイプだ。
しかし、そんなことをしていたら、いつかは敗れてしまうもの。
兵法を志すなら、多で少を討つ、実で虚を討つ。
そんな当たり前のことを淡々とこなさなければならない。
冒険は絶対にしない。
少数で多数に勝とうとすること自体、快感になりやすいが、それは自然の摂理から外れている。
不自然な状態は長続きしない。いつか必ず敗れ去る日が来る。
だからこそ、ユーハイム同盟軍は規模の拡大を最優先にしているのだ。
兵員を集めるだけでなく、養うだけの兵糧と資金と資材は不可欠だ。それらが足りずに開戦しても、数どおりの働きはできない。
「それよりエルフィン殿が本隊を連れてきたときに宿営しやすいよう、天蓋を広げる場所を決めておこうか。水場はすでに確保しているし、伏兵を置く森から枯れ枝などを集めておけばすぐに煮炊きもできる」
「いいですね。私も早く食事にありつきたいところですよ。たいした運動もしていませんが」
そう言ったデュバルは声を立てて笑った。
まあ大食漢とはほど遠い人物ではあるが、僕も早く腹ごしらえしたかった。
携帯食は持ち歩いているが、やはり火の通った温かい食べ物にまさるものはない。
「そのためにも、すべての天蓋の配置場所を決めておこうか。本隊から先行して斥候を呼び寄せて、エピオーネの進軍を監視させよう。斥候が到着したらデュバル隊はここで休息をとる」
「わかりました。それではひとり伝令にして本隊へ向かわせましょう」
戦場はすでに定まった。こちらは悠々と構えていればよい。
戦である以上、敵は結局こちらへ向かってこざるをえないからだ。
そしてこれは兵法に適ってもいた。
まさかエピオーネもすでに勝敗が決しているなどとは夢にも思わないだろう。
◇◇◇
半刻が過ぎて本隊が奏多たちに追いついた。
「軍師殿、われわれはここに宿営してだいじょうぶなのか」
「はい、これ以上宿営に適した地形はないのだが」
「しかし、戦場からはかなり近くなりすぎないか。おそらく少し行ったところにある平地を戦場に設定するのだろう」
「こちらが戦場の近くに宿営地を置く利点もある。とくに今回の戦では、ここを占めることで勝敗はすでに決しているのだ」
「なに、戦ってもいないのに勝敗がついていると軍師殿は言うのか」
「それほど戦場を設定する側が有利なのだ。これまでのユーハイム公国は大国から受けて立つ戦ばかりしていたが、それこそが弱い国の証左といえよう」
「で、そこを戦場にするメリットはなにかな」
「それは教えられないな。敵にこちらの意図がバレるおそれもあるゆえに」
「わが軍に敵の内通者がいると、軍師殿は申されるのか」
「当たり前だ。こちらもエピオーネに内通者がいるのだ。当然エピオーネもこちら側に内通者を作っているはず。こちらの狙いは秘匿しておくべきだ」
「では、われわれはどう戦えばよいのだ」
「どっしりと構えていればいい。敵は戦場まで急行しなければならない。もたもたすると先に動いたわが軍がエピオーネ領を侵犯する可能性もあるのだから」
「わが軍がここに陣を構えたことは、エピオーネにも伝わるはず。だからエピオーネを誘い出して戦場で倒す。わかるようでわからない話だな」
「まあ、わが軍の兵に意図が見抜かれるようでは、軍師としては失格かもしれません。当事者を出し抜くくらいの計略でなければ効果も期待できないでしょう」
計略は発動したときに初めてわかるくらいでないと意味がない。
予測されていたら対抗策を打たれるだけだ。
軍師というからには、頭脳戦でリスクと見返りを天秤にかけて確率の高い手段をとらなければならない。
ただ目前に敵がいるからそれを叩けばよい。などという前時代的な戦い方では勝てる戦も勝てなくなる。
いかにして敵を欺くのか。敵を振り回すのか。
それがすぐれた軍師の条件である。
数にまさる敵を倒すのが醍醐味と思われがちだが、戦の局面で数が上回っていればいいのだ。
そしてそれは地味な努力の積み重ねで成し遂げられる。
けっして派手なことはしない。
軍師とは目立たないところでこそ活躍するものだからだ。
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