第六章 エピオーネとの戦
第21話 エピオーネと斥候
領内で迎撃しては、領民に被害が出るし田畑も荒らされる。
いくら収穫を終えたとはいえ、今年から二毛作を始めたばかりだから田畑を荒らされては困るのだ。
水稲栽培で米を生産できるし、根菜など冬に有利な作物もいくつか試している。
この世界には二毛作の知識がなかったため、適している作物を見つけ出すのにも苦労する。それなのに実験中に田畑を荒らされては必要なデータが集まらない。
こちらから進んで領外に出ていくのは、水氷魔法を有効に使える戦場を選定するためでもあった。
ユーハイム公国領内であれば、豊富な水があるため、エピオーネの火炎魔法を相殺できたのだが、領外では勝手が違う。
砂漠の国とされるエピオーネは炎が強すぎて水は砂が吸収してしまう。
であるため、エピオーネ領内まで踏み込むわけにもいかなかった。
そこで双方の領外で、かつ水が豊富にある地形が求められた。
大陸の地図を調べると、セオリアの滝という名勝があることがわかった。
滝があるということは水源も多いということだ。上流域では雨が豊かに降り注ぎ、集約されて滝となる。
その水が下流のユーハイム公国領へと流れていく。
まさにユーハイム公国の命綱なのだ。
ここを確保することで、ユーハイム公国は憂いなく戦える。
実際に訪れるまでわからないが、聞いた話では陽当たりのよい丘があり、病気の蔓延も阻止できるはずだ。
また火計や洪水を引き起こすにもよい地形ではある。
ただ、ここで洪水を起こすとユーハイム公国は甚大な被害に見舞われる。
だから、ここは火計を用いて後始末に滝の水を使うのがよかろうか。
だが、考えている戦術は火計ではなかった。そもそも火の国であるエピオーネに火が有効に機能するとは考えづらい。
逆用されてユーハイム同盟軍側が苦しめられるおそれもある。
ゆえに異なる戦術に活路を見いだそうというのである。
「エルフィン将軍、俺は本隊に先行して宿営地と戦場を設定する。デュバル以下の直属だけで行動しますので許可してほしいのだが」
「了解した。わが軍としても領外では初の戦闘になるからな。適した場所を見つけてまいれ。デュバル隊、軍師を頼むぞ」
「はっ。しっかりと護衛いたします。万が一にも討ち取らせはいたしません。いえ、敵の斥候を発見したら、ただちに引き返してまいります」
エルフィンにそう告げたデュバルは、小隊を率いて奏多のもとへ集まった。
「デュバル隊、全員揃いました。いつでも先発できます」
「よし、ではすぐに出発する。エピオーネはおそらく今回もこちらがユーハイム公国領内で待ち受けていると考えているだろう。そのため今の時点で斥候を放っているとは考えづらい。だが用心するに越したことはない。とりあえず私の護衛はデュバルに一任するので、残りは八方を監視してくれ。九名で当たることになるので、エピオーネ領側の見張りを二名に委ね、残りは一名ずつ散るように」
命令を与えた奏多はデュバルに案内されて、先を急いだ。
朝に領内を出たユーハイム同盟軍から、昼食を摂ったのちデュバル隊を連れてセオリアの滝へと到達したのは夕刻であった。
日が傾いているので詳しくはわからないが、丘に登って確認すると、植物が豊かに茂っている斜面を見つけた。森林というほどではないが、木々も生えており、兵を伏せておくには都合がよかった。
「ここに兵の一部を伏せる。デュバル、場所を憶えておいてくれ」
「兵を伏せる、とは」
「伏兵といって、相手に気取られないように兵を置く。そして、好機を見て兵を突撃させる戦術だ」
「兵を伏せる、伏兵ね。そこまで先のことを見越さなければ軍師にはなれないのかい」
「いや、伏兵を知らない名将・軍師は案外と多いものだ。伏兵は未来を予測できなければ使いようがない。だから現実主義の名将・軍師は伏兵は使わないんだ。ただ、使わなければより多くの兵が必要になるので、できれば使ったほうがよいものであることは間違いない」
「翻ってカナタはどうなんだ。先が読めるのか」
「読めないとは言わないが、確実かはわからない。伏兵はリスクなんだ。敵軍に看破されると各個撃破の的にされるだけだからな。バレないように伏せさせるが、バレたら逃げ散るように言い含める必要はある」
「そうとわかっていながら、それでも伏兵を置くわけか。カナタ、お前かなりのバクチ打ちだな」
「いやリスクをとっているだけだよ。より成功率の高い選択肢として、小さなリスクをとって最大の結果を導き出す」
「そもそもリスクってなんだ。薬ってわけじゃなさそうだが」
「リスクとは見返りに対する損失の可能性のことだよ。伏兵がバレる確率と、バレないようにして奇襲に成功する確率を秤にかけて、成功率がある一定以上ある場合、損失を甘受してでもその見返りを求めるべき。というものだな」
「へえ、それは賭け事にも使えそうですね。そういえば、以前セーのデンキとやらが出てきた話がありましたね」
「ああ、
「ということは、あなたの世界では、誰もがそのリスクをとって勝利を得ていたわけですか」
「というわけではないな。私と同じ年頃の生徒のうち、リスクをとったのは俺ただひとり。リスクをとるとはそういうものだよ」
異世界転移してから五十日ほど経過しているが、未だ日本の高校時代を懐かしむことができた。
僕はどこまで思い出せるのだろうか。
数日か、数か月か、数年か。一生こちらの世界で生活しなければならないかもしれない。
リスクをとる。
それは僕がこの世界で死にさらされるリスクと、生きて元の世界へ戻る見返りとを天秤にかけることになる。
果たしてもとの世界へ帰還するのはいつの話なのだろうか。
そもそももとの世界へ戻るつもりはあるのだろうか。
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