第18話 下準備と輜重隊

 エルフィンと方針を話し合ってから二日経った。


 大陸西部に位置する大国エピオーネは、火炎魔法を得意とする破壊力にすぐれた軍を有している。それと対峙するに水氷魔法で挑むこととなる。


 双方が魔力を強めれば、水が沸騰するか、消火するか、どのようにも形勢は傾きうる。


 そこへデュバルが現れた。

「カナタ、どうにも足を引き受けてくれる商人が見つからなかった。やはり戦闘に巻き込まれる可能性がある以上、危険手当くらいでは商人の心はつかまえられそうにないな」

 やはり兵力を割いて足を務めさせる以外にないか。


「ただ、コーラルが輸送する商人に護衛を付けてくれればなんとか引き受けてもいいとは言っていた。どうだカナタ。コーラルの話に乗ってみるか」


「いいでしょう。コーラルと直接話をする用意を整えてください。その条件ならいくらか飲んでもかまいませんので。ただ、前線の兵が少なくなるとかえって輸送に危険が生じるから、そのあたりの折衝をしておきたい」

「わかりました。それではこれからコーラルに会いに向かいましょう」


 デュバルが先導して奏多は市場へと繰り出した。

 勝手知ったるもので、デュバルは最短距離で奏多をコーラルの店へと導いた。


 店内に踏み込むと、あらかた仕事を終えたコーラルが勘定をしている最中だった。

「コーラル、軍師殿を連れてきたぞ。条件はいくらか飲んでくださるそうだ」

「それは本当か、デュバル。わかった、すぐに話そうか。ふたりとも奥に入ってきてくれ」


 商人たちにあいさつしながら、奏多はデュバルとともに店の奥へと入り込んだ。

 在庫であふれている裏の倉庫の片隅に連れてこられた。


「ここなら、聞き耳を立てる者はいない。それで軍師殿、物資輸送に護衛の兵を付けてくれることを認めてくれるのか」

 さっそく切り出されたが、それは織り込み済みだ。


「すべての隊に護衛を付けるのは効率が悪い。輸送路の要所に兵を配置することでよしとしてもらいたい。あまりに輸送の護衛に兵を割いては、かえって前線の戦力が低下して輸送隊が狙われやすくなりますから」

「でも、敵が補給路を狙ってくるのは大前提なんですよね。そこで商人たちを働かせるのはさすがに難しいと思うが」


「とりあえず、軍の主力を振り向けるわけにはいかない。先ほども言ったとおり、前線が弱ければ相対して補給路の危険が増すからだ。その代わり中小国に部隊を出してもらって、輸送路の要所に配置したい。これならそれほど兵力を割かずに輸送路の安全は保てるはずだ」

「だが、やはりなにかあったときに即応できる態勢を整えていただきたい」


「それでは、要所を押さえるのに加えて、各国から各隊にひとりの護衛を付けるというのではどうだろうか」

「たったひとりか。それで商隊を守りきれるのか」


「要所に兵を配置しておくので、基本的には安全は確保できる。追いかけられたら要所まで逃げ込んでくれればよいのです。急事のために各隊へ狼煙を支給しよう」


 それでもコーラルの不安は尽きないようだ。

「最悪の場合、逃げ散っても責任は問わない。という条件ならどうですか、コーラル」


「荷物を放り出しても責任を問われないのか。大幅に譲歩してまで足を確保しようというのか」

「ここだけの話、次のエピオーネ戦が近いですから。早く足を確保しておきたいんですよ」


「戦が近いのか。それなら一戦だけでもやってみる価値はあるか。次の戦はいつ頃だと判断しているのかな。軍師殿は」

「今、間諜が偽情報をばら撒いて足止めさせていますが、まあ最長でも一か月が限度でしょう」


 その言葉にコーラルは細い顎先に指を添えた。

 長い沈黙の末、出した結論は。


「わかった。次の戦では私の商隊を使ってくれ。それで旨味があるとわかれば、他の商人がこぞって集まるだろう。仮に危険が大きい場合は、それを根拠に危険手当を増やしたり、護衛の配置を変更したりしたらよかろう」


「ありがとうございます、コーラルさん。こちらも全力でサポートします」

「期待しておこう。まあなにもないのが一番なんだがな」

 コーラルはくつくつと笑っている。

 先行きのわからない事業に打って出る。よほど肝が大きいのか、進取の気風に富んでいるのか。とにかくコーラルの心意気を感じた。


 コーラルの店を出て城に戻り、軍師の執務室に入ったところで急使と面会した。


「エピオーネが挙兵する、か。まさかコーラルと話した直後にこうなるとは。急いでコーラルに準備させます」

 デュバルは急いでコーラルに告げようとしているが、それをひとまず抑えた。


「エピオーネの狙いは、こちらと一戦して実力を図ることにある。だから、こちらがエピオーネに合わせて挙兵しないかぎり攻めてはこられない。ただの侵略戦争になってしまうからな。そういう口実を与えると、スタニスラフが黙っていないだろう」

「ではどうするんだ、カナタ」


「とりあえず挙兵は先送りにして、足の運用を詰めよう。足が機能しないかぎり、数で劣るわが軍に勝機はないからな」

「まずは補給をしっかりと整備してからということですか」


「ああ、後方支援をまかせるジロデ公国のショーカにもその旨伝えておくように伝令を走らせよう。今のところ国際会談をする必要はない。こちらの足の訓練もあるから、七日で往復した頃には足もよい状態になっているはずだ」


 デュバルはさっそくカナタから聞いた文言を違えずにしたためて、伝令を送り出した。これで七日間は猶予ができた。


「では、ちょう隊の調練を開始しようか」

「輜重隊とは」


「前線に物資や人員を送り出す隊という意味だ。今回はコーラルが輜重隊の指揮官ということになるな。コーラルの都合を聞いて、いつから調練を開始できるかすり合わせよう」


 最低でも七日、長くてひと月で輜重隊の調練を終えなければならない。

 やることが山積しているが、今はひとつずつクリアしていくことにしようか。




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