第五章 エピオーネ戦の下準備

第17話 下準備と後方支援

 コーラルと別れたかなのもとへ城から知らせが入った。

 ただちにデュバルを連れて城へ戻る。


「なにがあったのですか、エルフィン様」


「間諜からの連絡だが、どうやら西の大国エピオーネに不穏な動きがあるという情報が入った。監視は続行させているので、次第に詳しい情報が入ってくるだろう。それに伴って、わが軍を出撃態勢に転じさせたい」


「戦うのであれば、まずジロデ公国のショーカに頼んで後方支援を委ねます。そして、その補給を前線へと運ぶ足が必要になります。エルフィン様にお心あたりはございませんか」


 エルフィンは形の良い目を伏せて腕を組んだ。


「これは提案だが、補給の輸送を安定して行ないたいなら、商人に協力してもらうのはどうか」

「商人ですか。デュバルは詳しそうだよな。コーラルというつてもあるし」

 話をデュバルへ振った。


「まあコーラルから話を聞くぶんには、各国を飛び回って商売しているので、商品の輸送には長けていると思います。あとはどれほどの量と賃金かによるでしょう」

「あまりにも量が多いと、移動は鈍りますから効率が悪い。また危険を伴う仕事ではあるので、賃金に危険手当を付ければよいかもしれませんね」

「では、すぐれた商人を見つけ出し、ただちに足を確保してもらいたい。それも軍師の役割だろう」


 エルフィンの言いぶんもわからないではない。

 そもそもショーカに後方支援を依頼したのは奏多本人だ。突きつけられた条件は奏多が聞いている。

 つまり奏多の職権で足を確保しなければならないのだ。


「デュバル、頼みがある。今からコーラルと相談して、足を貸してくれる商人を探し出してほしい。紹介があった全員を雇うことはできないかもしれないが、一番に名乗り出た者には手当を与えると軍師が言っていたとふいちょうしてくれ」


「いいだろう、カナタ。俺が戻ってくるまでは城内にとどまってくれ。エピオーネの動きを牽制しなければならないしな。商人との交渉は俺とコーラルでなんとかする」

「わかった。交渉はデュバルにまかせる。こちらはエピオーネと接触して、攻撃の手を緩めさせることに腐心しよう」

 デュバルは了解すると、ただちにエルフィンの執務室を飛び出していった。


「カナタ、デュバルはよくやってくれているかね。もしなにか不都合なところがあったら私に相談してほしい。代わりの護衛を見繕おう」


「いえ、エルフィン様、それには及びません。この世界に不慣れな俺の細かな質問へよく答えてくれています。個人の武が強いだけでなく、世情にも通じているようです。閣下は最適な人選をなさいました」

「よかろう。それではエピオーネの策動を封じる手立てを考えようか。どうするのがよいと思うか」


 奏多は腕を組んで首を傾げた。


「そうですね。現状ではエピオーネの交戦意欲を消滅させることは難しいでしょう。エピオーネは少なくともまず一戦し、同盟軍の強さを確認する必要があります。ですので開戦をできるだけ先送りするのが基本戦略になります」


「エピオーネはユーハイム同盟との一戦を回避しないということか」


「はい、間違いありません。そのためにもその一戦でわが軍の整然とした統率を見せつけて、容易に勝てないことを知らしめる必要があります」


「ということは」

「デュバルがコーラルとともに足となる商人を確保してくれるのが最優先です。整う前に開戦しては勝ち目が薄くなります。勝てないとは言いませんが、圧倒的な実力差を見せつけるところまでには到達しません」

「圧倒的な実力差を見せつけるのがそんなにたいせつなのか。戦って打ちのめせば、ジロデ公国のように傘下に組み入れることもできるだろう」


「できれば双方の兵を損耗させたくないのです。一戦して圧倒し、戦わずして降参させる。そして同盟に取り込めば、最強のスタニスラフと戦うときも優位に立てます」


「戦わずして勝つ、か。兵学で最善とされる手段だな。現実的にはどうすればよいのだ」


「簡単な話です。敵に、ユーハイム同盟へ攻め込むのは分が悪い、と思わせるのです。そのためには敵の脅威になるほどの軍隊を有しなければなりません」

 エルフィンの問いに型どおりの返答をした。

「エピオーネをどれだけ先送りにできるかで、状況はどんどんこちらの有利なものになっていきます」


「どんどん有利に、か。それはエピオーネも同様ではないか。時間をかければエピオーネ軍も充実し、戦意旺盛になって手がつけられなくなりはしないか」


「太陽が昇っているときに戦っても得るところはなにひとつありません。太陽は衰えていずれ地平線に消えていくものです。たとえ今が充実していても、その状態は長く維持できません。次第に戦意は衰えていきます。衰えてから戦いを挑むのです」


「ということは、こちらから開戦する機会を設定して、それに合わせて士気を高めていけばいいわけか」

「ご名答です。エルフィン閣下も兵法のコツがわかってきたようですね」


 奏多の言葉にエルフィンはにやりと笑った

「それは嬉しいな。これでカナタが戦死しても軍を維持できそうだな」


「いえ、まだその域には達しておりません。兵法の原則はふたつしかありませんが、その組み合わせは無限です。そのふたつを変幻自在に繰り出すのが軍師の務めです。エルフィン閣下はまだ将軍の器であって、軍師の器ではありません。そして俺の世界でも古代は将軍が軍師を兼ねていました。どの国でも軍師としてではなく将軍として登用されたのです」


「ということは、私も頑張れば軍師級の用兵を手に入れられるということか」

「実戦で私の指揮を観察し分析すれば、本質は見抜けるようになるはずです」


 あとはショーカの後方支援を活かす足を手に入れるだけである。




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