第16話 同盟軍とコーラル (第四章完)
兵法眼はなくても、後方支援には長けているようで、奏多が想定した状況でも最善の補給を示し続けた。
ショーカは新将軍となるとともに、奏多へひとつ課題を出した。
ショーカが後方支援で用意した補給を、前線へ供給するための足を確保してほしいというのだ。
以前はその手配をショーカ自らが行なっていたのだが、本格的に後方支援に務めるのであれば、足となる部隊を別途用意するのが最善であることに疑う余地はない。
それを了承すると、ショーカは将軍職を受諾し、後方支援に専念することとなった。
そうなると、ショーカに代わる足を探さなければならない。
どんな人物が適しているのか。それを考える必要がある。
人物にあてがなく、一か月が過ぎていた。
◇◇◇
デュバルに連れられて奏多は街へ繰り出した。
「カナタ、市場へ行ってみないか。特産品の独占販売の策がどういう結果を出しているのか。精査するのもたいせつだろう」
国庫の積み上がりを見れば、策が功を奏したのは間違いない。
すでに前年を上回る収入を手にできている。
特産品を供出した各国へは代金を前払いしていた。いずれの国も豊かな財源を手に入れてじゅうぶんな施策を打てるようになった。
それによってユーハイム公国は各国から一目置かれる。
すべての参加国が頼りにするほどの頼もしさが生まれ始めていた。
この状況を維持するためにも、補給を届ける足に人材を確保する重要性が増したといえよう。
賑わっている市場へ足を運び、活気に満ちた熱気を肌に受けると、自分の策が順調に進んでいることに満足した。
「おい、デュバルじゃないか。市場に来てうちに寄らないなんて、なにか後ろ暗いところがあるんじゃないのか」
女性の商人がデュバルを呼び止めている。
「コーラル、今日は遊びじゃないんだ。今軍師殿を案内しているところだ」
「軍師殿ってことは、そっちの細いのが軍師カナタか。遠慮せずに寄ってくれ。歓迎するぞ」
そのやりとりを聞いていて、デュバルに問うてみた。
「あの女性、デュバルの知り合いか」
「ええ、家が隣だったもので、子どもの頃はよく遊んでいたんですよ」
「彼女、今はなにをしているんだ」
「商人です。今回のカナタの特産品独占販売を受けて、大きく売上を伸ばしているらしい。その礼でもしたいのかもしれませんね」
それならわからないでもないか。
商人にとっては大儲けをする好機だからな。とくに他国と貿易して稼ぐ商人にとっては、奏多は恩人でもある。
「せっかくだ。彼女のもてなしを受けようじゃないか」
「カナタ、コーラルは一筋縄ではいかない女だぞ。どんな無理難題をふっかけられるか、わかったもんじゃない」
「デュバル、聞こえているぞ」
いつの間にか、コーラルはふたりのそばに立っていた。
「で、どうするね、軍師殿。うちに寄っていくかい」
「そうですね。とくに用事もありませんし、少しお話でもしましょうか」
「物わかりがいいねえ。気に入った。うちも商売繁盛で左うちわさ」
「この世界でもうちわはあるんですね」
「それくらいどこにでもあるんじゃないのかい」
「少なくとも僕のいた世界では東アジアでしか見られないものですよ」
扇子は奈良時代初期に開発された日本文化の象徴でもある。うちわは古墳時代の中国で使われていた
ということは、やはり日本の影響はここまで及んでいることになる。
もしかすると異世界転移はこの世界では日常に起こりうる、とるに足らない出来事なのかもしれない。
「コーラルさんもデュバルも、これまでどのくらいの異世界転移者と接触したことがあるんだろう」
「そうだなあ、私は商売柄各国と付き合いがあるから、年に数人は聞いたことがあるな。ただ、実際に会ったのはカナタ殿が初めてだ」
「俺は軍属だから、異世界転移者は見たこともなかったな。多くの異世界転移者は地方の街や森のなかで見つかるらしいとは聞いたことがある。カナタもユーハイム公国の行軍中に山の中で見つけたのだから、例に漏れないはずだ」
ということは、この世界の地方には空間に歪みが生じるなにかがある、ということだろうか。
それは自然現象なのか人為的なものなのか。
後者ならたちが悪いことこのうえない。
誰かに選ばれて空間に歪みからこちらの世界に引き込まれる、と考えれば、必要な人材を調達するために、こちらの世界の魔術師が意図的に歪みを生み出して連れ込んだことになる。立派なかどわかしだ。
であれば、奏多は自分の世界へ戻れる可能性もある。
異世界転移の魔法を使う者に出会えれば、帰る手段を確保できる。
まあ今帰ったところで、この世界は救えない。なんのためにこの世界に越させられたのか。ぜひとも召喚した魔術師と話し合いたいところだ。
「ということは、毎年、それなりの人数がこちらへかどわかされていることになるな。俺の世界の行方不明人は、もしかするとこちらの世界で暮らしているのかもしれない」
「カナタの世界では毎年どのくらいの行方不明者が出るんだ」
「詳しくは知らないけど、だいたい八万人くらいはいるんじゃないかな。昔ネットで調べたことがあるんだ」
「ネットって、網でようやって調べるんだ」
ああ、そうか。この世界にはインターネットに詳しい人物がそれほどいないということか。
「インターネットといって、世界中の情報が集積されている場所があるんだよ。そこを調べてみれば、世界中のほとんどのことが調べられるというわけ」
「世界中の情報を一箇所に集積か。そんなことをしたら間諜の役割はかなり少なそうだな」
「それがそうでもないんだ。確かに世界中の情報は集められるけど、機密を上げるような愚か者や愚かな国は存在しない。そういった者や国の機密情報を手に入れようと思ったら、間諜、俺の世界でいうスパイの存在意義がある」
「まあ、私たち商人は各国を巡っているから、間諜以上に情報通になることがある。それで情報を国に高値で買ってもらうのも商売のひとつさ」
「ということは、コーラルさんは国とつながりがあるんですか」
「コーラルと呼び捨てでいいよ、軍師殿。いつもそう呼ばれているから改まってさん、とか様、とかが付くと歯がゆくてしょうがない」
彼女は人のよさそうな柔らかな笑みを浮かべた。
(第四章完結。次話より第五章スタートです)
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ここまでお読みいただきまして誠にありがとうございます。
本作はすでに第一稿が完成しており、期間内での完結を保証致します。
面白かったと感じられましたら、ハート評価や★評価、フォローなどしていただけますと、連載が捗ります。
ほどほどかなと思いましたら、第六章から次なる戦が始まりますので、そこでの奏多くんの指揮ぶりをお読みいただけたらと存じます。
それまでは下準備に奔走しますので、ここをしっかり把握することで兵法への理解が進むでしょう。
皆様に兵法物語を楽しんでお読みいただけたら幸甚に存じます。
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