第15話 同盟軍と蕭何

 各国に特産品を輸入し、それを独占的に必要なところへ売る。

 当然、必要なところは多少値が張っても手に入れたがるのだから、幾分かの上前をとるのは実に容易だ。

 その上前でユーハイム公国の国庫を潤し、軍事費の根拠を作る。


 資金もないのに軍を養うことはできない。

 兵糧は二毛作が成功すれば簡単に満ちるので、これでエピオーネやスタニスラフと張り合う大前提が整う。

 ユーハイム・ジロデ同盟、エピオーネ、スタニスラフの三つの勢力が覇を競うこととなるのだ。


 かなは同盟国の各軍を統率するために、毎日調練に勤しんでいる。

 簡単な命令はすぐに憶えたので、だんだんと込み入った動きを教え込む。

 具体的な戦術ではなく、音に合わせてどう動くかだけを仕込むのだ。

 これなら、いくら兵が寝返っても、こちらの戦術は見抜けない。


 始めから寝返りを織り込んで調練することで、軍は奏多の随意で動くようになる。

 誰が寝返ろうと裏切ろうと、軍をどう動かすかは奏多の心ひとつだ。他の誰にも代わりは務まらない。


 もちろん不利な面もある。


 肝心の奏多が戦場で倒れたとき、後を継げるだけの軍師や将軍がいなければ、どんなに統制がとれた軍であっても満足な働きはできない。


 「一頭の羊に率いられた百頭の狼の群れは、一頭の狼に率いられた羊の群れに敗れる」と言われている。たしかナポレオンの言葉だったか。


 だからこそ、兵がいくら強くても、それを率いる将軍・軍師に人材を得なければ、恒久的な軍事力の維持はできない。

 つまり兵力の均衡が保てず、束の間の平和が瓦解することになるのだ。


 エルフィン将軍を鍛えるのは当然として、ジロデ公国側の新将軍にも兵を機動的に操る術を磨いてもらわなければならない。

 だが、今もってジロデ公国の新将軍が決まっていない。おそらくはユーハイム公国側の将軍・軍師が戦で敗北するのを待っているのだろう。


 ユーハイムの人間が率いて戦に敗れたら、初めてジロデ公国は新将軍を立てて奏多とエルフィンの後を継がせようとするはずだ。

 できればそれを待つことなくジロデ公国の将軍が現れるのが望ましい。

 先ほども考えたとおり、同盟軍は音で調練している以上、どの音を出せば兵がどう動くかを知らないかぎり、どんなにすぐれた猛禽の軍でも烏合の衆と大差ない。

 そのあたりのことはエルフィンにまかせているが、できればジロデ公国が自発的に新将軍を選んでもらいたいところだ。


 ユーハイム公国からせっつかれてようやく信任するのでは、対等な関係とはいえない。

 おそらくはユーハイム公国が挫折するのを心待ちにしているのだろうが、そんな同盟側の都合で敵軍は動いてくれない。


 今のままでは遠からず同盟は瓦解する。

 こちらからジロデ公国に赴き、知己を得るしかないのかもしれない。


 そう考えていたところへ、デュバルが駆け寄ってきた。


「カナタ、喜んでいいのかは委ねるが、ジロデ公国が新たな将軍を任命したぞ」


「どんな人物だ」

「これがどうにも使えるのか使えないのか見当がつかなくて。政治畑を歩いてきた人物で、大軍を率いたことは一度としてないどころか、一兵をも指揮したことすらないらしい。前線で戦ったこともないという噂だ」


「戦を知らない将軍か。おそらくこちらの手腕を発揮しやすいよう、ジロデ公爵が配慮したんだろうが」


「どういうことだ、カナタ」

「つまり前線での指揮はすべてこちらに委ねるから、後方支援はジロデ公国が引き受ける、ということだろう」


「なるほど。ジロデとしては前線で戦う将軍は前回討ち取られてしまったから、次の将軍をすぐには用意できない。だから後方支援に適した人材を将軍に据えてバランスをとろうってことでしょうか」


「で、その将軍の名は」

「えっと、たしかショーカと伝え聞いておりますが」


「ショーカとはあのショーカか。ちょうりょうとともに漢の高祖・りゅうほうを補佐した補給の天才、しょう。であれば百万の兵にも匹敵する手並みを期待できるが」

「いえ、ショーカとは愛称のようで、正式にはユリウスクラフトというそうです」

「なぜユリウスクラフトがショーカなのだ」


 奇妙なものだ。後方支援つまり補給の天才である蕭何とあだ名されるほどの人物が、ジロデ公国にいたのであれば、おそらく前戦はもっと苦労したはずだ。


 ただでさえ倍する兵数を揃える手並みは見事というほかない。

 もちろん国力にそれだけの余裕があるからできるのだが、どんなに負け続けても兵を前線に送り出すほどの手腕を持っていれば、おそらくこれまでも数で圧倒するくらいのことはできたはずだ。


 それなのに、前戦に大敗しただけで蕭何とあだ名される者が降参するとも思えない。

 であれば、ジロデ公国としても他に適任者を見いだせなかったということか。

 人材不足は戦が長引くほど酷くなるものだからな。


 中国三国時代、りょという傑出した武を誇る将がいた。

 その時代の次にかんちょうという剛の者が世に出たが、主君りゅうと三人で挑んでも呂布ひとりに勝てなかった。

 そして呂布が死んだのち関羽はそうそうに身を寄せた際、えんしょう配下で双璧と謳われた武将・がんりょうぶんしゅうを相次いで斬り捨てている。それで当代随一の武将として名が轟くことになった。

 そして関羽が最強を占めてからは、衰えて戦略もなく戦ったことで呉のりょもうに手玉にとられた。最強の座はその後、張飛に移るが味方を手ひどく扱ったために寝首をかかれた。その後はちょううんが長く最強の座について老衰するまで長くすぐれた武将は現れなかったという。


 戦が続くと優秀な者ほど真っ先に死んでいくため、優秀な人材はすぐには現れないのだ。だからどんどん質が劣化していく。


 蕭何とあだ名される人物が、将軍として前線勤務にならざるをえないほど、ジロデ公国は人材不足なのではないか。

 仮にカナタが現れなくても、エルフィンが前戦で敵将を倒せば、ジロデ公国には打つ手がなく、衰亡したことは疑いないのかもしれない。


 だが、そうなればスタニスラフに併呑されていたかもしれない。先手を打ってこちらに取り込めたのはまさにぎょうこうだった。

 もしジロデ公国がスタニスラフへ併呑されていれば、次はユーハイム公国の番だったはずだ。

 ユーハイム公国がジロデ公国と同盟を組むことで、スタニスラフやエピオーネを牽制できる。すぐには攻め込める状況にはならないのである。


「とりあえず、そのショーカとやらと話がしたいところだな」

「それでカナタを連れてこいと、エルフィン将軍から仰せつかっている」

「それを早く言ってくれ。すぐに会談するぞ」


 奏多はショーカの異名をとるユリウスクラフトに興味が湧いた。

 もし蕭何ほどの才を有していれば、大陸制覇も夢ではなくなるからだ。




  • Twitterで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る