第14話 同盟軍と特産品独占販売

 その日の調練が終わったら、ただちに丞相の執務室へ向かった。

 いくら軍を強化したといっても、国力以上の動員はできない。

 国力を整えることは軍師の職権にはない。だから丞相へ話を通して、国を富ませる施策を話し合わなければならないだろう。


 執務室の扉の前に立つ門番に、丞相への執り成しを頼んだ。

 すると程なくして扉が開いた。中へと足を踏み入れる。


「丞相、お話したいことがございます」

「カナタ、何用か。貴君には軍事を統括してもらっている。それについてなにか不都合なことでも生じたのか」

 書類から目を外して丞相はカナタを見た。


「そう言えないこともございません。ですが私の職権に余る事柄ですので、丞相閣下のお力添えをいただけたらと考えました」

 軍事では頂点に立つ奏多であったが、内政に関してはエルフィン将軍にも劣る発言力しかない。


「ほう、天才軍師がなにを思い患うのか。さっそく話してみよ」

 どうやら聞く気はあるらしい。あとは内容を聞き入れてくれるか、だが。


「わが同盟は兵数が増えました。もちろんジロデ公国からも物資や食糧の負担などをお願いしておりますが、わが国だけでも兵を養えなければ、敵となるエピオーネやスタニスラフに付け入るスキを与えかねません」


「しかしわが国だけではそれほどの余剰はないぞ。なんとかギリギリ見積もっても八千名の兵を養うことしかできない」

「そこでなのですが、二毛作を提案したいのです」


「二毛作、とな。それはどのようなものなのだ、カナタよ」

「春から秋までに米や麦を育てていた田畑で、秋から春まで寒さに強い別の作物を植えて育てるのです。これで単純計算で収穫は二倍になります」

 この提案は丞相に響いたようである。


「なるほど。収穫の終わった田畑をそのまま放置しておくのは確かにもったいない。次の作物を育てられるのなら、カナタの言うように収穫は二倍とまではいかなくても七、八割はまかなえそうだ。さっそく農林業界に要請してみよう」

「ありがとうございます。これでわが同盟軍は軍勢は維持でき、拡大の機会も得られます」


「国力に見合った軍を持つ。いくさほんそうする将軍では気づかなかったことが、軍師にはわかるのだな。これからも軍を支えるために内政の力添えが必要なら、ぜひ頼ってほしい」


 政務の長である丞相の協力が得られれば、今後もなにかと頼みやすい。

 ちょっと無理筋かと思ったのだが、物わかりのよさは随一だ。

 物腰も柔らかく、厳しい戦乱の世において、内政が滞りなく執行されていることからしても、その才能は頼もしかった。


「あと、ひとつ。これは進言ではなく提案なのですが」

「なにかね、天才軍師殿」

 いかにも嫌みを言っているような言葉だが、丞相の立場からすれば当然のことでもあった。


 国政において、内政を取り仕切る丞相と、軍事を取り仕切る軍師・将軍とは組織上は同列だ。どちらが上というわけではなかった。

 ゆえに「天才軍師」と心から尊崇の念を抱いているのだ。


 とくに今回のユーハイム・ジロデ同盟は奏多なしでは成しえなかった。

 それにより同盟は人口が合わさり、規模が瞬時に膨張した。

 盟主であるユーハイム公国はその膨れ上がった人口と兵員を養うために収穫を必要としていたし、物資を整える資金が不可欠であった。


「ユーハイム公国とジロデ公国、そしてそれに従う中小国の特産品をユーハイム公国の市場で独占していただきたいのです」


「それでは他国が不満を覚えるだろう。これからどうやって国を運営すればいいのか、不安になる国は多いはずだ」

 想定内の反論だ。


「特産品をユーハイム公国が一手に担って他国に売る。そしてあがりのなかから手数料を徴収し、残りを産地へ渡します。販路も広がりますからこれまでの売上よりも大きな収入を手に入れられますよ」


「わかった。それは商工業界に要請してみよう。その前に各国と話し合いが必要だろう。カナタ、またしても国際会議になるがよろしいか」


「かまいません。盟主に力がなければ下剋上を起こされるだけです。穀物も資金も、ユーハイムが同盟随一になることで、他国の態度は変わらざるをえません。そこまで持ち込めれば、実質同盟最強となり盟主にふさわしい実力を手に入れられます」

 その下地づくりを行なうなら早いに越したことはない。丞相がハイブ公爵の執務室へと向かった。


◇◇◇


 たびたびの国際会議に半ば嫌気が差した国もあろう。

 しかもこれから話す内容は、各国の怒りを買うかもしれない。

 じゅうぶんに準備した問答どおりに話を展開できるか。奏多の外交力が試される。


「ということで、各国から特産品をすべてユーハイム公国が買い付けます。売上のうちいくらかをユーハイム公国が手にし、原価はすべて産地にお返しする。これは悪くない話だと思います」


 ジロデ公爵は不満な顔をしている。

「ジロデ公国はご不満があるようですね」

「高値転売とはずる賢い。手数料などとらずにわれらに全額戻せばよいでしょう」

 やはりそう来たか。


「では、ユーハイム公国が特産品を集積しないとして、同盟軍を支える資金を皆様方に納めていただきたいのですが。軍を維持するにも資金が必要です」

 これには各国元首も閉口した。


「そもそも、買値で必ず買いますので、皆様方には不利はないはずです。私たちは特産品を一手に担って元値より高い値段で他国へ売りつけるだけです。これだけの厚遇と軍事費を負担してもらうこと。どちらを選びますか」


 各国が頭を悩ませているようだが、奏多にはわかっていた。

 ユーハイム公国に特産品を差し出す以外に道はないのだ。

 差し出せば今までどおり国政に専念できるが、軍事費の負担をさせられたら自国経済が破綻しかねない。

 これは逃げ場のない選択なのである。




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