第四章 同盟軍編成

第13話 同盟軍と劉邦

 宮廷魔術師を交えた国際会議の結果、ユーハイム公国とジロデ公国の軍はひとつに束ねられることとなった。

 今はユーハイム同盟の軍師であるかな|の指示に従うよう、調練を繰り返している。


 まず音によって軍を前後左右へ動かした。そして撤退の合図と交戦の合図を順に教え込む。

 とくに整然と撤退する手順を優先的に教え込むことで、兵たちは使い捨ての駒ではないのだと自覚することにつながる。

 それによって奏多の命令に自然と従う機運を生み出すのだ。


 練兵はまず敗れたときを想定しなければならない。いくら勇敢に戦える軍隊に仕立て上げたところで、正しい撤兵を知らなければただのさつりくマシーンで終わってしまうだろう。


「デュバル、お前も調練に付き合ってくれ。俺が戦死や病没でもしたら、そのあとに軍を秩序立って撤退させるには、代わりを務める者が必要だ」

「私がそばにいて、みすみすカナタを倒させると思っているのか」


「もちろんそれは期待している。しかし想定外の事態を織り込まなければ、せっかくの軍を消耗させてしまいかねない。俺が死んだら兵力保全を最優先にするように。これはエルフィン将軍にも言えることだが」

「では、エルフィン将軍を呼びましょうか。どうせカナタが戦死したら、次の兵権はエルフィン将軍に移りますからね。もしふたりとも死んだときに私に裁量が委ねられるのであれば、それに従いますが」


 確かにデュバルの言うとおりだ。だがそれでは問題が生じることもある。

 同盟軍の兵権がユーハイム公国の将軍・軍師に独占される状況では、せっかくまとまった同盟もゆらぎかねない。


「ジロデ公国の将軍も呼ぶべきだろう。先の戦で戦死したからおそらく代わりの人選が進んでいるはずだ。それが決まり次第、軍権の序列を定めるために、また国際会議をすることになるな」


「国際会議ってどんな雰囲気でしたか」


「あまり近づきたくはないかな。とにかくすべての者の思惑を探らなければならないからな。外交が務まる軍師はしょかつりょうくらいなものだろう」

「ショカツリョー、ですか。どのような軍師だったのですか」


 まさか異世界で諸葛亮談義になるとは思わなかったな。

「諸葛亮は、俺の世界で千八百年ほど前に、大陸で覇を競った三国のうちの最弱国・蜀を率いた軍師だ。だがどちらかというと軍師よりも政治家というタイプだったようだ。政治家でありながらも兵法に通じていたため、軍師を委ねられたのだろう」


「外交上手な軍師ではなく、兵法上手な政治家というわけですか。なかなかに面白い人物のようですね」

「そうだな。確かに不思議な魅力がある人物だったようだ。そもそも世に出たのも、のちの主君となるりゅうにたびたび請われたからだ。軍師になってくれるまで何度でも訪ねてくるぞ、と脅かされていた」


「軍師を得るために何度も嫌がらせに行くほうもどうかしていますね」

「まあ、それでも誠実さが売りだったから、嫌みなところはなかったようで、諸葛亮もそれほど悪い印象は受けなかったようだ。たびたび訪ねて請われたので、丁重に仲間へ引き入れることをさんれいと呼ぶようになったという」

「サンコノレー、ですか」


「まあわからないよな。張良を知っていたとして、その三、四百年ほどのちの人物にならった故事だからな」


「チョーリョーですか。軍師として名高い人物だったそうですね。この大陸でも王朝を打ち立てるのに尽力したとか。しかし事を成したら隠遁したと伝え聞いておりますが」


「張良らしい逸話だな。あの人の用兵はまさに王道であり、他に恥じるような戦い方はしない。上下の規律を正し、兵にはやさしくて主君である劉邦へはズバズバと直言したらしい。それでも劉邦は張良の立てた策を違えたことがなかったそうだ」

「ということは、そのリューホーという人物が天下をとったわけですね」


「つねに酒を飲んで博打に勤しんでいるような外れ者だったのだが、張良やしょうかんしんといった軍事、内政の天才を味方に引き入れた人物だ。天才がことごとく惚れ込むような男だったのだろう」

「わがハイブ公爵はそのリューホーと比べてどうですか」


「俺はリューホーと直接話をしたことはない。だから比較はできないのだが、エルフィン将軍やデュバルが仕えているということは、放っておけない人物という点では似ているのかもしれないな」


「ハイブ公爵は公国では知らぬ者のない競馬好きで、自ら競走馬を所有している」

「ということはせいでんといったところか」

「セーのデンキ、ですか」

 これも中国ではあるが、張良とは別の時代の話だな。


「ああ、そうだ。張良よりも前の時代の人物で、せいおうと競馬の勝負をしたんだ。そのとき軍師候補だったそんピンが入れ知恵をして、二勝一敗で大金をせしめたのだとか」

「へえ、どんな計略だったんだ。知っているんだろう」


「こちらのいちばん弱い馬を相手のいちばん強い馬に当てれば当然敗れる。しかしいちばん強い馬に相手の二番手の馬へ当て、こちらの二番手の馬をいちばん弱い馬に当てる。そうすれば必ず二勝一敗になるだろう」


「なるほど。今後の参考にしましょう。まあ最低でも競走馬を三頭は飼わないといけませんが」


「田忌は当時の斉王を追い落とす勢いを持っていた将軍で、なにかにつけ斉王の上を行く振る舞いを心がけていたのだとか。だから軍師候補として孫ピンを見出して競馬で実力を測ったのち、斉王へと推薦したんだそうだよ。王よりも力を持った貴族はのちにさんだつを志すようになる」

「ということはエルフィン将軍がハイブ公爵をしいする可能性もあるわけですか」


 その危険性を奏多は感じていた。

 だが、さしあたりエルフィンは任務に忠実であり上位者を脅かすような振る舞いはしていない。

 おそらく忠臣のひとりだろう。




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