第12話 ジロデ公国と天下三分の計 (第三章完)

 かなが魔法のスクリーンを通して演説を打った。


ちょうりょうを知っておられるということは、当然そんもご存知でしょう。張良よりも三百年ほど前に、中国という地域で覇を競った著名な軍師です」


「ソンブとゴキか。ゴキは知らないが、ソンブはチョーリョーの伝記で読んだことがある。三万の兵で天下をまとめた覇者・ゴの将軍だったはず」


「はい、その頃の中国には軍師はおりませんでした。兵を率いるのは将軍でなければならず、孫武も当然将軍として扱われていたそうです。軍師という役職が生まれたのは皆様ご存知の漢の張良が軍師としての事績を学んだ、たいこうぼうと呼ばれたりょしょうまたの名をきょうと申しますが、彼からだとされております。そのため、軍師は王朝直属とされていたのです」


「ということは、ユーハイム公国は王朝を築いているとでも言いたいのか」

 ここは慎重に話を進めなければならないな。


「いえ、張良ののち中国の三国時代になると、王朝とは関係なく、各国で軍師を抱えるようになります。それは張良が建国に導いた漢が衰亡したからです。現在のこの大陸はその頃の世界情勢に似ております。各国で兵法を教え込んで軍師を養っているのではございませんか」

 返答がない。ということはやはり真実を突いたか。


「現在、大陸には四つの大国が覇を競っております。その中で最強なのはスタニスラフで間違いないでしょう。その次はエピオーネ。三位をジロデ公国とユーハイム公国が占めたいということで繰り返し戦が起こされた。そうでございましょう」


 ハイブ公爵が口を開いた。

「カナタの言うとおりだ。私たちは三位を争っているにすぎない」

「両国とも仮に三位になれたとして、エピオーネやスタニスラフに伍するとお考えでしょうか」


「もちろんこちらはそのつもりだが、違うというのか、カナタ」


「冷静にお考えください。ユーハイム公国は五千、ジロデ公国は一万の兵を有するのみです。たとえどちらかが三位になったとして、大軍に立ち向かえるものでしょうか」

 この言葉にすべての国家元首が言葉を失った。

 ということは現状を正しく認識できた、ということだろう。


「ジロデ閣下、エピオーネとスタニスラフの軍勢はどれほどでしょうか」

「う、うむ。まあエピオーネが二万、スタニスラフは三万といったところだろう」

 奏多は深くうなずいて言葉を返した。


「五千や一万で戦いになると思うほうがどうかしています。しかし、ユーハイム公国とジロデ公国が手を組めばその戦力は一万五千。戦い方次第で二万の敵と互角に競えるでしょう」


「エピオーネとの戦は不可避なのだろうか」

 ハイブ公爵が唸るようにつぶやいた。


「このような状態は私のいた世界では中国・三国時代に実例があります。しょかつりょうは天下を三分し、小競り合いはあったものの、平和で安定した時代を維持しました。しかしその諸葛亮が亡くなると、天下三分の計が瓦解して三国で最も弱かった諸葛亮の国・蜀が敗れ去ります。次いで弱かった呉が最大勢力であったのちのしんの覇権を認めて衰退していきます。つまりどんな智者をもってしても、数の不利は免れないのです」


 またしてもすべての国家元首が沈黙した。

 ここでもうひと押しするべきだろう。


「ですので、この世界、この大陸においても、三つの勢力が均衡する状態を生み出さなければなりません。そのためには、ふたつの大国以外の勢力をわれわれが結集する以外にないのです」

「それゆえ和議を結ぶべき、ということなのか、カナタ」


「はい、閣下。われらが生き残る道は、ユーハイム公国とジロデ公国を統合して大陸で覇を競う勢力を三つにする以外にありません。そしてわれらとエピオーネが組んでスタニスラフを牽制する。そうすれば小競り合いはあるものの、安定した平和な時代が到来します」


 ハイブ公爵が後を継いだ。

「ジロデ公爵、われらが争えば、エピオーネとスタニスラフを利するのみ。ここは軍師カナタの言うとおり、手を組んでみないか」


 ジロデ公国側を含む中小国にも問うべきだろう。

「他国の皆様はどうお考えでしょうか。ユーハイム公国とジロデ公国が争い合って消耗し、他国に漁夫の利で持っていかれてもよいでしょうか」

「ギョフノリ、とはなんのことだ」

 ハイブ公爵がカナタへ聞き返した。


「日本語ではあるのですが中国の故事なので、意味が通じませんでしょうか。時代的には張良も知っていたはずですが。つまりシギとハマグリが争って消耗したところを漁夫つまり漁師が労せずして双方を手に入れたという故事にならって漁夫の利と申します」


「なるほど、われわれはシギとハマグリであり、漁夫はエピオーネかスタニスラフということになるな。漁夫に両国を簡単に奪われてしまうのは本意ではなかろう。いかがかな、ジロデ公爵」

 これで通じなければ、他の説得手段を考えなければならないが。


「ハイブ公爵、了解した。確かに今は双方争っていられる状況にはないようだ。われらは和議を結んでエピオーネとスタニスラフに対抗せねばならん。そうでなければ消耗して漁夫の利とやらを持っていかれるだけだ。もしかすると、どちらかの国がそれを狙ってわれらを戦わせているのかもしれんのか」


 これで和議はまとまった。奏多はなんとか大役を果たせたことになる。


「それでは停戦の講和をするだけでなく同盟を結んで、両国の軍を統合するのがよかろう。カナタ、それでよいのだな」


「はい、ハイブ閣下。われらは過去の恨みを水に流し、手を取り合って大国に肩を並べるのです。そのことがエピオーネとスタニスラフへ伝われば、うかつに攻め寄せてはこないでしょう。じっくりと時間をかけてこちらの弱点を見つけなければなりません。こちらはそのスキを与えないように統合を急ぐべきです」


 外交とは戦場とは異なる緊張感があるな。

 奏多は諸葛亮がいかに非凡だったのかを痛感した。




(第三章完結。次話より第四章スタートです)


────────


 ここまでお読みいただきまして誠にありがとうございます。

 本作はすでに第一稿が完成しており、期間内での完結を保証致します。


 面白かったと感じられましたら、ハート評価や★評価、フォローなどしていただけますと、連載が捗ります。

 ほどほどかなと思いましたら、もう少しお読みいただければ、次なる戦が始まりますので、そこでの奏多くんの指揮ぶりをお読みいただけたらと存じます。

 皆様に兵法物語を楽しんでお読みいただけたら幸甚に存じます。




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