第11話 ジロデ公国と張良

 ジロデ公国軍の大敗により、大陸の勢力図が変わりかねない。

 そう判断したかなは、ハイブ公爵と話し合いをすることにした。エルフィンに理由を告げて場をとりもってもらう。

 謁見の間にハイブ公爵が現れて、着席するとすかさず奏多は切り出した。


「ハイブ閣下、急な話で申し訳ありませんが、ただちにジロデ公国と和議を結んでください。エピオーネ、スタニスラフなどの大国に先駆けて動けば、きっとこちら側に取り込めます。今はジロデ公国と争っていられる状況ではありません」


「どういうことだ。敵将は倒したのだから、放っておいても害はなかろう。次の将軍にあてでもあれば別だろうが」

「ここでユーハイム公国がジロデ公国を助けることで、ハイブ閣下の度量が大陸に知れ渡ります。なんと器の大きな人なんだろう、と。その名声を前にして尻込みするのは好機を逸することにつながります」

「なるほど。確かに敗れた国に手を差し伸べるのは強者の度量を示すことにはなろう」


「そればかりでなく、今の国際情勢を鑑みても、敵対する大国は少ないほうがよいのです。この機会にジロデ公国を取り込めるのであれば、ユーハイム公国が動かせる兵力は格段に増えます。エピオーネやスタニスラフと戦うには、まず数を揃えなければなりません」


 ハイブ公爵は首をひねった。

 軍師なのだからいくさのことだけ考えていればよいと思われたのかもしれない。

 しかし、軍事にもかかわることなので、口を出さないわけにもいかなかった。


「なにせジロデ公国には魔術師がほとんどおりません。わが国を挟むエピオーネが直接攻め込むことはないにしろ、北方に位置するスタニスラフは兵数と魔術師が多いのですから、今攻められたら労せずしてジロデ公国を手に入れられてしまいます。その動きに歯止めをかけるためにも、他国に先んじてジロデ公国を取り込むのです」


 ハイブ公爵は丞相を近づけて耳打ちで相談し始めた。

 丞相がこちらの味方についてくれれば、これからのいくさでも自由な手腕を発揮できるだろう。

 だが敵対するようなら、足を引っ張られかねない。その際には軍師の座をかけてでも交渉せざるをえない。


「そうか、わかった」

 ハイブ公爵の意は決したようだ。


「軍師カナタよ。そなたの申し出どおり、この機にジロデ公国と和議を結び統一軍を設立する方向で交渉することにした。ついては軍師カナタもその交渉の席に参加すること。それが条件だ」


 その条件なら悪くない。

 中国・三国時代、蜀の軍師・しょかつりょうも呉のそんけんを説き伏せるために決死の覚悟で敵地へ赴いたという。

 魔術師が豊富で手強いエピオーネやスタニスラフを敵に回すのであれば、大きいといえども弱い国同士で手を組まなければ対抗できるものではない。

 それこそ異世界版「天下三分の計」と呼べる体制が必要だ。


「かしこまりました。それでは会議の際、私も出席いたします。必ずやジロデ公国との和議を結び、後顧の憂いなくエピオーネやスタニスラフと覇を競える状況を作り出しましょう」


 奏多はこれが外交デビューとなるが、諸葛亮のように説得先であるジロデ公国の心をつかむような演説ができるかどうか。正直自信はなかった。

 しかし、この会談を成功させなければ、ユーハイム公国の未来は閉ざされてしまう。

 大国に囲まれた立地だからこそ、武力だけでなく外交力でも他国と張り合う力量が求められる。

 中央に位置しているということは、各国を指揮下に置いたときに政治・経済の中心になれるということでもあるのだ。


◇◇◇


 ハイブ公爵が宮廷魔術師を従えて外交の間へと足を踏み入れ、ジロデ公国とその庇護下にある中小四国を呼び出した。

 ユーハイム公国側はハイブ公爵、丞相、エルフィン将軍そして軍師の奏多と書記官三名が出席する。


「今回、ジロデ公国とそのゆうに与る皆様と話し合いの場が持ててたいへんうれしく思います」

 ハイブ公爵は開会を宣言した。


「こたびはわが国の軍師カナタから、各国と和議を結びたいと提案されたので集まっていただいた」


 その言葉にジロデ公国の者から言葉があがった。

「たしかユーハイムは軍師が不在だったはず。いつ採用なさったのですか」


「正式には前回貴国と戦う直前です、ジロデ公爵」

「わが軍が大敗したあの戦を指揮したのが、そのカナタという軍師なのですね」

「そのとおりです」


 各国の参加者が奏多に目を転ずる。

 いかにも垢抜けていない風貌に、それほどの軍才があるとは思えないだろう。


「それで、その軍師カナタは、われわれと和議を結びたい、と言うことだが」


 ここからは奏多の戦略構想を明かすことになる。

 もしそれを聞いたうえで連帯できなければこれからのエピオーネやスタニスラフ戦で不利は免れないだろう。


「皆様、このたびユーハイム公国の軍師を拝命した奏多と申します。運良くユーハイム公国に拾っていただき、わが兵法を活かす道を与えていただきました」


 ジロデ公爵はある言葉に引っかかりを覚えたようだ。

「兵法とな。そちはチョーリョーという者を知っているか」

 チョーリョーと言われて思い浮かぶのはただひとりだ。

 しかし彼は中国人である。もしかして彼は楚漢戦争終了後にこの世界へとやってきたのかもしれないな。


「張良という者の名は聞き及んでおります。わが世界の中国という国で二千年ほど前に台頭し、弱国・漢をもり立てて、強国・楚を打ち倒すことに成功した稀代の天才軍師でした」


「やはりそうか。ではそなたは異世界人なのだな。チョーリョーと同じく」

「生まれた国も時代も異なっておりますから参考書籍が残されているくらいの知識しかありません。張良の兵法とされるものが残されております。それを私の国の言葉に翻訳したものは読んだことがございます」


 どうやら張良を知っているということは、孫武や呉起を知っている者もいるかもしれない。

 であれば、交渉もスムーズにまとまるかもしれないな。

 奏多はこの会談の突破口を得た気がした。




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