第10話 ジロデ公国と包囲殲滅

 すでに鶴翼陣の展開を終えたユーハイム公国軍は、ジロデ公国軍が中央突破に打って出るのを待ち構えている。そして、それはすぐに始まった。


「カナタ、敵が中央突破に出たぞ。本営が薄いこちらが不利だ。ただちに展開した兵を中央に戻すべきだ」

 個人の武では敵する者のないデュバルだが、大軍同士の戦は勝手が違う。

 いくらかなが兵法を修めて軍師として優秀でも、剣で戦えと言われて生き残れる道理もない。


「問題ない。敵は速攻に出て勝ちを決めたいところだから中央突破を図るんだ。そしてそれはすでに織り込み済み。敵の突進に合わせて鶴翼陣の両翼を畳むよう指示を出してくれ」


 突進してくるジロデ公国軍がカナタたちがいる本営を突くより先に、縦深防御の陣へと移行してさらに包囲を完成してしまえばいい。

 そのために、ジロデ公国軍にわざと突進させる必要があったのだ。


 眼の前で繰り広げられている両軍の変化は、奏多の思いどおりに進展している。

 包囲はすでに完了した。


「デュバル、敵軍へ伝えてやれ。貴様らは取り囲まれている、と。そうすればこれ以上の攻撃には打って出られないはずだ。もし聞く耳を持たないのであれば、出血を強いるまでのこと。急げ」

 デュバルはメガホンを取り出して、敵本営に向けて声を発した。


「貴様らジロデ公国軍はすでに包囲されている。逃げ場はない。もし降伏しないのなら一兵も残さず叩き潰すまで。現状を認めることを強く勧める」


 デュバルの言葉は事実であるが、それを敵将が受け入れるかは不明だ。

 とくにジロデ公国軍は急報によって戦果を焦る必要があった。だから、何もなさずに敗れ去るなど思いもしなかったはずだ。


 ジロデ公国軍を取り囲んだユーハイム公国軍は、槍や剣を包囲の中へ突きつけて威嚇した。

 逃げ場を完全に断たれては、生還するためには死力を振り絞るほかない。


「デュバル、ユーハイム公国軍の両翼に伝達。敵が反撃してきたら、歯向かうことなく包囲を開き、そこから逃げようとする兵を討つように、と」


「カナタ、お前さんずいぶんとしんらつだな。すでに勝敗は決まっているのに、それでもなお戦いを欲するのか」

「いや、今回は実質俺の軍師デビュー戦だ。いかに恐ろしい軍師がユーハイム公国に就いたものだと、大陸中に知らしめる必要がある。だから、今回に限っては最大限敵を減らすことを最優先にするまでだ」

「そういうものですかね」


「悪名は無名に勝る、とも言うからな。いくら軍師に就いたとしても才能を相手に知られていなければ意味がない。孫武にしても諸葛亮にしても、名が知れ渡ったからこそ警戒されてうかつに攻撃を仕掛けられなくなったんだ」

「ソンブ、ショカツリョー。なにを言っているんだ」


「どちらも俺の世界では著名な軍師の名前だよ。ユーハイム公国軍を舐めてかかると痛い目に遭うぞと示せば、うかつに手は出せなくなる。まあ兵力差が著しい場合はそれでもいくさを挑まれるのも確かなことだが。それより早く伝達するんだ。包囲の一角をわざと開けるようにと」

「了解しました、軍師殿」


 本営にいる伝令役が両翼の部隊へ命令を伝えていく。すると、両翼の末端の部隊が包囲を解いてジロデ公国軍の退路を開けた。

 それに気づいたジロデ公国軍はその退路へ殺到し、包囲下の部隊で敵を押し出しつつ、退路に配置された兵で出血を強いた。

 そこしか退路がない以上、ジロデ公国軍はここから逃げる他ない。


 兵数で倍する軍を相手にするには、敵の兵站を押さえるか、包囲してじっくりと消化していくか、機動戦に打って出て反撃を空振りさせるかの三択になる。


 そのうち兵站は前回叩いているし、湖沼である以上足元はぬかるみ機動戦を展開するだけの環境にない。つまり残されていたのは包囲殲滅だけだったのだ。


 敵将は中央突破を企図して前線の側に身を置いていたため、軍師カナタ直属の兵が万難を排して肉薄できた。これで敵将を捕らえるか倒すかすればこの戦は終了する。

 いずれにしてもジロデ公国軍は大敗するのだ。


「敵将に告ぐ、敵将に告ぐ。すでにジロデ公国軍は敗北している。これ以上無駄に命を失わせるのは本意ではない。ただちに武器へ手放し、降伏するように。さすれば寛大な措置を約束しよう」


 その言葉を聞いても、ジロデ公国軍は退却することに躍起になっている。

 これは将軍を殺す以外に戦闘を止める手立てはなさそうだ。


「デュバル、敵将と手合わせして討ち取ってこい。それでこの不毛な戦いは終わるはずだ」


「いいんですか。敵は退却する気満々ですよ。より多くの兵を撤退させるために前線で踏みとどまろうとしているようですが」

「それが死傷者を拡大しているもとだ。すぐに兵を止めればこれ以上流血する必要などない。今必要なのはたったひとりの血だけだ」

「了解しました。では敵将を討ち取ってまいります」


 そばに控えていた軍師直属の小隊へ声がかけられた。

「デュバル隊、突撃するぞ。準備を急げ。狙いは敵将の首ただひとつ」

「全員揃いました」

「ではまいるぞ。突撃開始!」


 デュバルを先頭に激戦のさなかにいる敵将へ一直線に道を切り開いていく。

 そして敵将の名前を叫んで振り向かせると、そのまま槍を一閃させた。

 敵将は馬から放り出されて大地へと叩きつけられたようだ。そこへデュバルは槍を突き立てる。


「ジロデ公国軍の将軍を討ち取った。繰り返す、ジロデ公国軍の将軍を討ち取った。これ以上の戦闘継続は無意味である。ただちに足を止め、武器を手放せば命は助けるとわが軍師が述べている。ただちに行動を停止せよ」


 大地に倒れている敵将の周りの兵が距離をとり始め、動きを止めていく。

 これでチルダ湖沼の戦いは終結した。


 これ以上の流血も意味をなさない。


 今回のような徹底した猛襲が大陸各国へと伝われば、それだけで他国へ恐怖を与えることはできる。

 大国はまだしも、中小国は手を組む大国を変える必要に迫られるかもしれない。


 ここからは外交交渉が鍵を握るだろう。どれだけの国を味方に引き込めるのか。

 残された大国の脅威を払拭できるだけの数が必要とされている。




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