第19話 下準備と国際会談

 エピオーネの出方を間諜からの知らせで把握したかなは、最初に異変を知らされてから二週間で彼の国の我慢が限界を迎えようとしていることを認識した。


 エルフィンに掛け合ってハイブ公爵とともにジロデ公国を含めた同盟各国へ状況を報告した。


 すでに後方支援はジロデ公国のショーカに一任しており、実動戦力はユーハイム公国が指揮することとなっている。つまりカナタの戦略戦術に依拠するわけだ。

「エピオーネはついに挙兵し、われわれへと迫ってくるのは必定。こたびはエピオーネが攻めてくるのに任せるのでなく、こちらから国境を越えて迎え撃つ所存です」


「だいじょうぶなのか、ユーハイムの軍師よ。エピオーネを逆上させはしないか」

 ジロデ公爵は当然の懸念を表明した。


「おそらく驚きはすれど逆上はしません。仮に逆上したとしても、かえって好都合。万全に構えられるよりも突破口を見いだしやすいものです」

「逆上したほうが好都合とは。怒り狂った敵と戦えば損害は計り知れんぞ」


「怒り狂った敵は、思考が単純で手玉にとりやすい。どっしりと構えられたら、こちらから揺さぶらないといけませんが、平常心でなければ付け入るスキは必ず見つかります。それにこちらから国境を越えることで、いつもと違うと思わせるだけでも心理的な効果は高くなります」


 これくらいのことは戦の世なら周知かと思っていたのだが、どうやらこの世界の武将は日本の戦国時代のように気持ちでなんとかなると思っている節がある。

 まあそのぶん付け入る余地はじゅうぶんにあるのだが。


「後方支援はジロデ公国のショーカ殿に一任します。ちょう隊はわが国の腕利き商人に頼みました。作戦立案は私が執り、部隊運用はエルフィン殿に委ねます。これが現時点で考えうる必勝の構えです」


「それで確実にエピオーネに勝てるのだな」


 ジロデ公爵の言わんとするところはわからないでもない。

 だが、軍師が弱気を見せてはならない。

 つねに必勝を期する冷めた頭脳で状況を分析し続ける。それが軍師なのだ。


「ショーカ殿の後方支援能力は大陸随一です。彼にまさる後方支援などありえません。なにしろ漢のしょうの異名を持つほどの人物です。周辺国からも一目置かれているはず。ハイブ公爵やエルフィン殿もその名は存じておりました」


「ショーカ殿に後方を預けられれば、わがユーハイム軍も戦いやすくなります」

 エルフィンが信頼を口にする。


「今回はエピオーネの前進を上回る速度でこちらが国境を越えて国外で戦います。そのため、ショーカ殿が用意した物資や食糧、人員を前線に送り届ける輜重隊の役割がひじょうに重くなります。これにわが国随一の天才商人コーラルをあてます。聞き及びますところでは、どんなに商品が大量に売れようとも在庫切れを起こさないだけの迅速な運搬を得意とします」


「それは頼もしい。だが、民間の者に輸送をまかせて大丈夫なのだな。運搬中にくすねられでもしたら勝てる戦も勝てなくなるぞ」


「実際に戦が始まれば、そのような犯罪などしている余裕はなくなります。ただでさえ兵站は敵から襲われやすい。輜重隊は迅速に前線に補給を届け、死傷者を後方へ輸送する。休んでいる暇もありません。そのような危険な任務ですので、手は抜けませんし不正も働けません」

 反論する者もいなくなり、ようやく課題に取り組めるな。


「そこで、輜重隊が不正を働かないよう見張る兵を各国から出していただきたいのです。そもそもショーカ殿が集めた物資や食糧、人員は皆様の領内で集めたものです。それを不正に扱われないよう各国で見張っていただきたいのです。わが国の兵はすべてエピオーネに向けますので、見張る余裕がありません」


「しかし、輜重隊が不正をしなくても、各国の兵が武力を背景に物資や食糧を奪うかもしれんぞ」

 エルフィンの言いぶんはもっともだ。

 せっかくショーカが集めてコーラルが輸送するのに、各国の兵がぶんどりでもしたら目も当てられない。

 そう考えていると、中小国を代表する者が発言を求めた。


「われわれの兵にそのようなさもしい者はおりません。もしいたとしたら軍規にかけて処刑されても文句は言えない。ぜひその点を各兵に周知いたしましょう」

「わかりました。それでは各国の威信をかけてお願いします」


 この世界では輜重隊の重要性が認識されていない。おそらく今回の戦でその重要性が顕在化することになるだろう。

 だが、いくら補給が大事だとわかったとしても、その手立てがわからなければ形だけになりかねない。


 奏多はショーカとコーラルの情報を徹底的に秘匿するべく手をまわす。


「これからは後方支援のショーカと輜重隊のコーラルの情報をいっさい口に出さないでください。秘匿していれば察せられても手は打たれませんから」


 仮に輜重隊のシステムが割り出されても、それをどう運用するのかはふたりから直接聞き出さないかぎりは知りようもない。

 少なくとも今回のエピオーネとの戦では事前にバレるおそれはないだろう。


 だからこそ、この一戦でエピオーネを確実に降す必要があるのだ。

 少なくとも歯向かわないと誓約させるくらいはしなければならない。


「そこで、これからはエピオーネとの戦い方について考えます」


 火炎魔法を得意とするエピオーネであるからこそ、水氷魔法を得意とするユーハイム公国とは相容れない。

「エピオーネは火の国、ユーハイムは水の国です。本来両立しない国と考えられますが、助け合えば天候も安定して作物は豊かに実り、暮らしやすい環境が整えられます。そして両陣営が手を組めば、最大のスタニスラフが攻めてきてもじゅうぶんに撃退しうる戦力も手に入ります」


「スタニスラフも近いうちに兵を挙げると見ているのか、カナタ」

 エルフィンの問いはもっともだ。


「はい。とくにわれらがエピオーネを撃滅してしまうと、同盟を危険視して間髪を入れず攻め寄せてくるでしょう。ですので、エピオーネを圧倒し、戦わずして勝つことが今回の目標となります」


「戦わずして勝つ。そんなことが可能なのか」

 ジロデ公爵の懸念どおり、奏多の力量が問われる戦になるのは間違いない。




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