第8話 カナタと軍師の座 (第二章完)

 エルフィンは執務室の表にいる伝令に、ハイブ公爵との面会の意を申し渡した。かなを正式に軍師として採用してもらうためだ。


 ほどなく伝令が戻り、ハイブ公爵が待っていることを聞いた。

 すぐに奏多とデュバルを引き連れて公爵の執務室へと目通りする。


「閣下、カナタが正式に軍師の位を授かりたいと申しております」

「ということは、どうやらわが国が悪逆非道だとはみなさなかったのだな」


 奏多は率直な意見を述べる。

「はい、街で活気や治安を調べてみましたが、街は賑わっており、治安も行き届いておりました。もし悪逆非道であったのなら、人々はただ食糧の買い出しだけをして家に直帰するでしょうし、かっぱらいや刃傷沙汰が繰り広げられていたでしょう。この二点をもってして、ユーハイム公国は悪の国ではないと判断いたしました」


 ハイブ公爵はひとつ大きく頷いた。

「そのような点で国を測るのか。われわれには思いもつかないが」


「僕のいた国は、治安が世界一行き届いており、街の活気や犯罪の少なさも世界一といってよいでしょう」


「では、改めてカナタ。君を軍師に据えることとする。すでに軍師の識別章は作らせてある。各地に派遣する間諜も揃えているから、有効に活用してほしい」

 軍師の識別章を受け取ると、どこに付けるべきか迷ってしまった。

 それを見ていたエルフィンは、左肩にピンで留めた。


「カナタの服はどうするか。その見慣れない服を着ていてもかまわないが、替えがないのであれば、改めて軍師用の服を下賜するが」

「そうですね。僕もこの服を着たきりだと衛生的にも悪いですので、可能であれば軍師用の服があるのならば頂戴いたしたいのですが」

「わかった。すぐに持ってこさせよう。それと、だが」

「まだなにかございましょうか」


 ハイブ公爵の顔が柔和になった。

「軍師の上官は領主である私と軍を束ねるエルフィン将軍だけだが、戦場においては最も発言力を持つことになる」


「それが正しいですね。戦場でいくら策を練っても、将軍が上ではせっかくの兵法も腐ってしまいます」

「それで、言葉遣いについて受け入れてもらいたいことがある」

「なんでしょうか。私にできることでしたら」


「なに、簡単なことよ。私とエルフィンに対しても、敬語は不要である。軍師は誰かに媚びへつらうような地位ではない。軍においては最上の官職だ。それなのに一人称が僕では今ひとつ自信がないように見える。これからは俺を使うように」


「よろしいのですか。僕はまだ若いですし、僕の世界では先輩や上官には敬語を使うように教えられております」

「これからは俺で、敬語は不要。それが軍師に据えるための最低条件だ」


 かしこまりましたと言いかけて、口調を改めた。


「わかった。俺の兵法に違反する者は厳罰に処す」

 軍師としての心構えを整えた。

「で、いいんですよね、閣下」

 ハイブ公爵はにやりと微笑んだ。


「これから空席だった軍師の執務室へ案内させる。お前の直属の部下となる間諜も追って向かわせよう。顔合わせと最初の命令が終わったら、再びここへ戻ってくるがよい。今回のジロデ公国軍との戦でとる戦術が知りたい」


◇◇◇


 空室だとは聞いていたが、掃除は行き届いているようで、埃ひとつも見いだせなかった。まあ、書物を収める書棚にはガラスがはまっていて、ここから紙埃が起こるはずなのだから、やはり毎日掃除をしていたということだろう。


「デュバル、カナタをまかせたぞ。私は執務室へ戻っているから」

「はっ、エルフィン様。カナタの護衛はおまかせください」

 デュバルがそう言うと、エルフィンは奏多に声をかけたのち隣の執務室へと退いた。


 しばらく軍師の執務室にある書籍の背表紙を眺めてみる。異世界語はわからないので、読みようもなかった。

 これは後日きちんとした言語教育を受けたほうがよいだろう。

 さしあたり、今回ジロデ公国軍と戦うチルダ湖沼の地理を頭に叩き込んでおきたいところだ。


「デュバル、チルダ湖沼の載っている地図はどれだ」

「ええっと。あ、これだな。『大陸名勝百選』。これであればおそらく詳しい地図が載っているはずだ」

「ではその地図からチルダ湖沼のページを開いてくれ」

 ページをパラパラめくっていたデュバルは、これだとつぶやいて地図を開いた。


「ご苦労。等高線も引いてあるし、川の流れなども一目瞭然か。確かチルダ湖沼はユーハイム公国の領土だったね。敵のジロデ公国の位置と規模、想定される進軍ルートを判断できるか、デュバル」


 机の上に地図を広げると、デュバルは公国首都とジロデ公国の位置関係を示した。カナタはそれを聞くと、まるでその場にいるかのように地形のイメージを膨らませる。その様子を不思議な表情でデュバルが見ている。


「デュバルはチルダ湖沼へいったことはあるか」

「私は何度も訪れております。狭い範囲だけ地面が固く、そこを外れるとぬかるみに足をとられます」

「どの位置の地面が固いかまでは憶えていないよね」

「さすがにそこまでは。ただ、間諜であれば詳しい地図を作成しているかもしれません」

 その言葉にちょっとした違和感を覚えた。


「ちなみに、先代の軍師は何年前まで兵を率いていたのだ」

「五年前までです。軍師の必要経費として間諜を養いますが、今はエルフィン様が面倒を見ております。だから、間諜はまずエルフィン様のもとへ出頭し、その後ここへやってくるはずです」


 なにごとも順序があるものだな。

 今の飼い主から新しい飼い主に変わる。

 おそらく間諜は奏多の実力を試そうとするだろう。

 それをねじ伏せて信頼をかちえなければならない。

 心酔されなければ、使いこなすのは難しいからだ。




(第二章完結。次話より第三章スタートです)


────────


 ここまでお読みいただきまして誠にありがとうございます。

 本作はすでに第一稿が完成しており、期間内での完結を保証致します。


 面白かったと感じられましたら、ハート評価や★評価、フォローなどしていただけますと、連載が捗ります。

 ほどほどかなと思いましたら、もう少しお読みいただければ、次なる戦が始まりますので、そこでの奏多くんの指揮ぶりをお読みいただけたらと存じます。

 皆様に兵法物語を楽しんでお読みいただけたら幸甚に存じます。




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