第7話 カナタとブラック

 かなはデュバルに案内され、エルフィン将軍のもとを訪れた。ユーハイム公国の軍師として正式に仕官するためだ。


 しかしエルフィンが多忙とのことで、控えの間で待つよう門番に言い渡され、彼と会話を交わすこととした。

「ユーハイム公国って、将軍でもこんなに忙しいなんて。せっかく軍師を受けようと思ってやってきたのに。もしかしてブラックなのかな」


「ブラックとはなんだ。黒だったらなんだというのか」

 ブラックが黒だとわかるくらいには外来語も通用するわけか。まあ人名が横文字だからわからなくもないが。


「働きの割に見返りが少ない職場のことを僕の世界ではブラック企業って言うんですよ。エルフィン様も、将軍の割にお忙しそうですし。将軍ってもっとどっしりと構えているものだとばかり思っていましたが」


「国際情勢についてはエルフィン様もご出席なさいます。とくにこたびはカナタの働きによりジロデ公国を追い払ったこともあり、各国からカナタの素性を明かせとせっつかれているのかもしれませんな」


 たとえそうだとしても、やはり会議で詰められているのだから、ブラックと言ってもいいよな。

 俺が軍師になったら、まずは待遇改善から着手するべきか。

 どうせ練兵などもまかされるのだろうから、そのときにきちんと職分を取り決めておけばよかろう。


 そんなことを考えていたら、エルフィンが執務室に戻ってきた。彼はすぐにこちらを見つけると声をかけてくる。


「カナタ、ちょうどよかった。今からお前を探そうと思っていたところだ」

「僕になにか用ですか。軍師の件は引き受けようかと思ってここに来たのですが」

 エルフィンはわずかに眉を動かしたが、きわめて平静を装っている。


「軍師を引き受けてくれる気になったか。デュバルにまかせて正解だったな。こちらの世界に来たばかりで軍師に採用するのでは、なにも知らぬ者を騙すようで気が引けたんだが」


「僕も、こちらの世界に来たばかりでしたし、ユーハイムが悪逆な国でないことは確認できましたので。僕の兵法の知識が役に立てば幸いです」

「詳しい話はなかでしよう。ここでは耳目が多すぎるからな」

「かしこまりました」


 エルフィンが近づくと、門番は扉をゆっくりと押し開いた。彼の歩みに付き従うと、俺たちがなかに入ってから扉は閉じられた。


「いちおう、執務室は外の音こそ聞こえるが、室内の音が外に漏れないように出来ている」

「それも魔法でしょうか」

「察しがいいな。さすが軍師と見込んだだけのことはある」


「デュバルさんから以前お伺いしましたが、わが国には魔術師が所属しているそうですね」

「ああ、水氷魔法に長けた者が多い。前回そして今回戦うジロデ公国には宮廷魔術師以外の魔術師は存在しない。それでも大陸四強の一角を占めるほど兵の数は多い。多少魔法に頼っても、意に介さないほど精強な軍隊を保有している」

 ということは人海戦術に打って出られるほどの人口を誇っているわけか。


「もしかして、ですが。ジロデ公国は人口が大陸で最も多いのではありませんか」

「ああ、そのとおりだ。ジロデは大陸では最多の国民を有している。なぜそれがわかったのか」


「なに、単純な話です。魔術師がおらず魔法のある国と戦うとなれば、近接戦闘に活路を見出すしかありませんよね。となれば兵の数で圧倒するしかありません。前回もこちらに倍する兵を率いていましたから」

「やはり見ているところが凡人ではないな」


「それよりも、今回戦う、と申しましたよね。ジロデ公国がまた仕掛けてきたということですか」

「それで会議が長引いてしまってな。ジロデから正式に交戦の宣言が出されたのだ。大陸では挑まれた戦を受けないのは弱さの証とされている」


「強いのなら、受けて立って勝ってみせよ、ということですか」

「そのとおりだ。相手を打ち破れば強国としての名望が増す。ジロデは周辺の中小国を兵力でねじ伏せて強国の仲間入りをしたのだ」

「となれば侮れませんね。魔法抜きでも人海戦術に出られると、中小国はなす術もないでしょう。ユーハイム公国が魔法を活かせば、数の不利は回避できるでしょう」

「いや、そうもいかんのだ」

 エルフィンは首に手を添えた。


「魔術師は歩兵とは異なり契約兵なのだ。前回の戦に連れ出しているため、再戦の際は契約料も高くなる。それを支払うだけの余裕は今のユーハイムにはない」

「うーん。では今回は歩兵中心での戦となるのでしょうか」

「自然、そうなってしまうな」

 奏多は頭を働かせた。数の不利を回避するには、地形を活かすのが最善だ。前回のように高所から攻め下る戦術が有効ではある。

 しかし、大国のひとつであるジロデ公国は同じ愚を犯さないだろう。大軍を活かせる戦場といえば、平地がまず考えられる。

 大規模に兵を駆け巡らせ、ユーハイム公国軍を翻弄すれば、魔法の的を絞らせずに戦うこともじゅうぶん可能だ。


「ちなみに今回はどのような地形での戦になりますか」

「わが領内のチルダ湖沼に決定した。ここなら大軍を展開しても機動力で掻き回すのは難しいからな」

「私はこの地の知識がありません。公国のどこに存在して、どの程度機動力を低減させるのか。そこを詳しくお教えいただきたいのですが」

 首を押さえていた手を、エルフィンは横へ振り出した。


「ああ、そうだったな。君はまだユーハイムどころかこの世界を知らないのだった。地図の見方はわかるか」

「僕の世界では地理という学問がありました。地図はいくらか見慣れてはおります。こちらの言葉で描かれた文字を除けば、の話ですが」

「なるほど、やはりお前の世界はいくさに向いているようだ」


 言われてみれば、確かに地図の見方を知っているというのは兵法を展開するうえでは不可欠な要素だ。

 軍師としての素質のひとつでもある。

 だが、ただ地図が読めれば兵法に通じているかは、また別の話となるだろう。




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