第6話 カナタとデュバルとコーラル

 かなは十日間の猶予を得て、まず国際情勢と国内事情を調べることにした。

 国際情勢はエルフィンから学び、国内事情は先の戦で指揮下に入ったデュバルから聞く。


 当然のことながら世界が異なるので、大陸の形や暦などが日本とは異なっていた。

 これでは暦を使った占いたとえば四柱推命や紫微斗数、奇門遁甲や六壬神課、風水の類に至るまでまるっきり使えない。

 単に吉凶を占う周易なら使えなくはないだろうが、陰陽思想がどこまで世界観に組み込まれているのかも知りえないので、頼れるものは占い師の内なる声を聞くタロットくらいなものだ。


 まあ兵法を志す者の嗜みとして周易を修めたが、良き将は占いを用いないという。

 周易の原理原則は、どういう状況に身を置くとき、どんな手段を取りうるか。その選択肢を示してくれるものである。

 だから状況に身を置いたとき、どのような策がとりうるのか。それを判断する際の拠り所には使えるだろう。

 だが、いつまでも周易に頼っていては兵法家としては二流もいいところだ。

 兵法による戦闘の理論は、占いの不確実性、言い換えれば偶然が与える当たり外れに左右されない。


 数が多ければ勝つ。実で虚を叩けば勝つ。集中すれば分散した敵に勝つ。


 この基本さえ忘れなければ、兵法は無限の可能性を有している。

 「兵は詭道なり」つまり敵を騙すことが兵法の大原則だ。

 日本にいた最後の日。生物のテストで百問すべてバツで百点をかちえたのも、「兵は詭道なり」を仕掛けた福田先生に、リスクを背負って決断したからこそ。

 奏多は福田先生の「詭道」を看破しえたからこそ、三学年通じて唯一の百点満点をとれたのである。

 あのときのように、自らが敵の「詭道」を看破すること。

 軍師にはそれも求められるのだ。


◇◇◇


 ユーハイムはセイシュー現王朝の公爵家当主ハイブが治めているため公国を名乗っている。

 大国のひとつには違いないが、東のジロデ公国、西のエピオーネ国、北のスタニスラフ国の三強から見れば規模の小さな軍しか持っていない。

 唯一の利点は水が豊富にあり、魔術師も水氷魔法に強いところだろう。ユーハイム領内であれば、魔法で優位を保てる。

 魔法でいえば、ジロデ公国は魔法を扱える者が宮廷魔術師以外にいないという。

 西のエピオーネは火炎魔法に、最強のスタニスラフは雷電魔法に秀でている。


 大陸で中小国を含む国際会議を開くときは、宮廷魔術師が魔法を用いて回線をつなぐ。

 そのために中小国であろうと宮廷魔術師をひとりだけ大国から割り当てられているのだ。

 つまり安全保障面で、中小国は大国の支配下にいるのも同然である。

 大陸にはユーハイムを含む四つの大国の他に二十六の中小国が存在する。

 これらが大国の支配下にいるので、多数決がなかなか成立しない。


 そもそも異世界に多数決で国策を決定する民主的な国家が存在するとは思えない。

 エルフィンに話をすると「衆愚政治だな」と言われただけだった。


 そのとおりではある。

 民衆が賢くなければ、多数決は己の利益誘導に走ってまとまらないし、まとまったとしてもそもそも正しい方法とはかけ離れたものになる可能性がある。

 だから、民主主義は国民の賢さを象徴する政治体制なのだ。

 もし傑出した個性が国を導こうと思えば、国民の賢さを増す時間的な制約を嫌い、専制権力を有して上意下達の政治体制をとるのが最も効率がよい。

 民主主義であれば優秀な為政者の意見は愚かな民衆に否決されて実行に移せない。

 その意味では、未開の部族や宗教国家は専制主義でなければ国が治まらないのだ。



 この異世界は国民の生活に貧富の格差が歴然としている。

 日本は一億総中流家庭と揶揄されるほど世界的に見て貧しい世帯は少ないほうだ。そして突出して富める者も少ない。


 であるからこそ貧しい国民が多いこの世界では、多数決ではなく賢い者、強い者に従う風潮が大勢を占める。

 だから誰も民主主義を理解できないのだ。


 この世界で生き抜こうと思えば、専制主義の国家群を束ねる覇者を目指すべきだろう。

 ハイブ公爵を覇者に押し立て、前世代の王者であるセイシュー王朝の威を借りて善政を布けばよい。


 『孫子の兵法』を記した孫武は、自ら小国・呉の将軍を志望して連戦連勝。ついには呉を春秋五覇のひとりに押し立てたのである。

 であれば、『孫子の兵法』を学んだ自分に同じことができないはずはない。

 必ずやユーハイム公国を覇者へと導き、大陸に幾ばくかの平和な時代をもたらす。

 奏多はその決意を新たにした。



 デュバルと話しながら街を歩いていると、多くの者がデュバルに話しかけてくる。それだけ彼の名声は国内に轟いているのだろう。


「おや、デュバルじゃないか。お前が他人を連れて街を歩くなんて、これから雪でも降るのかね」

「まだ秋ですよ、コーラル。今日はこちらの方を案内しているところだ」

 コーラルと呼ばれた快活な女性が、奏多を覗き込むように見つめている。


「ということは、この黒髪に薄茶色の瞳を持つ異世界人を仲間に加えたいってことか」

 その言葉に奏多は口をポカンと開けてしまった。


「なぜ僕が異世界人だとわかったのですか」

 ブロンドの髪をひとつに結わえたコーラルはクツクツと笑っている。


「少なくともこの大陸で黒髪なんて存在しないわよ。瞳が薄茶色というのもこの世界では存在しないわ。つまり異世界人だ、と判断したわけ」

「コーラルさん、僕が異世界人だと都合が悪いのですか」


「そうだね。この大陸を統一してくれれば都合がいいんだけどね」

「へえ、コーラルさんは大陸統一論者なわけですか」

「論者ってほどじゃないわ。統一してくれれば商売が繁盛するからね」


 そういえば、彼女の職業を聞いていなかったな。


「失礼ですが、コーラルさんのご職業は。もしかして商人ですか」

「へえ、見る目があるのね。そのとおり商人よ」

「商人からすれば、確かに大陸が統一されれば販路拡大、商売繁盛は間違いないでしょう。あなたの能力を私にお貸し願いたいところですね」


「まあ私はあんたの力量を知らないから、役立てるかどうかはわからないわ」

「これから僕は軍師となって他国とのいくさを指揮しなければなりません。大陸に覇を唱えるには、ぜひあなたのお力をお借りしたいところです」


 デュバルとコーラルとの会話から、奏多はユーハイム公国の軍師に就任しようと意を決した。




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