第二章 軍師就任
第5話 カナタと軍師就任
エルフィン将軍から手腕を認められ、ぜひハイブ公爵と顔合わせしてほしいと要請されたのだ。
功績を誇るつもりはないが、高校までに学んだ兵法を実戦で試せたことが感慨深い。
デュバルら小隊十名も奏多に付き従い、ハイブ公爵に目通りすることとなった。
控えの間で威儀を正すと、本堂への扉が開かれた。
エルフィンに付き従って前へ進み、彼が止まったのを確認して歩みを止めてその場にひざまずいた。
「エルフィンよ。こたびの戦、見事であった。お主の後ろにいる人物が今回の立役者と聞いておるが」
「さようでございます、公爵閣下。こたびの勝利はすべてこの者たちの働きによるところが大きく、彼らこそが軍功第一です」
「その者の名はなんというか」
「カナタにございます。異世界より現れて、われらの勝利に貢献いたしました」
異世界というところにピンと来たのか、ハイブ公爵はカナタへ声をかけてきた。
「ほう、異世界とな。カナタとやら、お主の世界とはどのようなところなのか。お主くらいの年齢でこれほどの用兵術を持っているからには、戦乱渦巻く過酷な世界なのだろうな」
「いえ、閣下。僕の世界では
「なんじゃ、そのロキヤとかウクルーラとかいうのは」
「僕の世界にある国の名前でございます」
「戦争には攻め込んだ国と攻め込まれた国があるが、そのロキヤとウクルーラはどちらがどちらへ攻め込んだのか」
「ロシアにございます。世界で五指に入る強国でありながらも、ウクライナが親ロ派住民を虐殺したと難癖をつけて電撃的に攻め入りました」
「ということは、そのシンロハとやらを虐殺したウクルーラとやらが原因を作ったのか。であればウクルーラは攻め込まれても文句は言えんが」
「いえ、閣下。ウクライナは自国民の一部がロシアへ離反しようとしたのを押し留めたまでで、ロシアから攻められる謂われはありませんでした。完全にロシアの覇権主義がもたらした戦争です」
ハイブ公爵は腕を組んで思案している。まあ異世界のロシアとウクライナについて聞いたところで、得られるものはまずない。
ただ、平和な世に突如戦乱が巻き起こったことは理解できるだろうが。
「まあ細かいところは省略してよかろう。とにかくカナタとやらは平和な世界からやってきた、ということで間違いないのだな」
「さようでございます、閣下。僕のいた国は前回の戦から実に八十年近く戦争を経験しておりません」
「それで用兵術にすぐれているとは。よほどその国の住民は用兵術を極めた者たちなのだろうか」
「いえ、わが国においても用兵術つまり兵法に通じているのは、一部の物好きだけです。平和な世に、あえて兵法を学ぶ理由がありませんゆえ」
「平和な世に用兵術、たしか兵法と言ったか。それを身につけた人物はどのくらいいるのか」
「大学教授などの研究者や経営者以外であれば、百人のうちひとりかふたりいればよいほうでしょう」
「やはり平和な世に兵法は不要か」
「それは否定いたしません。僕はリスクを承知で冷静に判断できるようになるために兵法を学びました」
「リスクとはどのようなものか」
「単純に損失と捉えてかまいません。どれだけの損失を覚悟したうえで、見返りをどれだけ追求するか。その考え方の基本が兵法なのです」
ハイブ公爵がすぐに理解できるような話ではない。
そもそも兵法の原理は簡単に説明できるが、実践レベルまで身につけるには数多くの経験が必要だ。
「つまり兵法が使えると、損失よりも利益が大きくなる、ということか」
「極端に言えばそのとおりです。どこまでの利益が実現可能か、というところまで分析するにも、兵法は役に立ちます」
この言葉を聞いたハイブ公爵は大きく頷いた。
「では問うが、わが国はジロデ公国から侵略されなくすることは可能か」
「早計には申せませんが、一対一で戦う場合を想定すれば、おそらく抑止力は働くはずです」
「抑止力か。つまり、こちらは強いから戦を挑むなんて無謀なことはするな、ということか」
「さようでございます、閣下。実際には国際的な依存関係、強国のレベルと数と位置などにもよります。ですが、基本的には兵法は戦をなくすためにこそ活路が見いだせるのです。大乱が起こる前兆でリスクをとって対処すれば、危機は未然に防げます」
「よかろう。カナタとやら、そちにわが国の軍師をまかせよう。前任者が戦死してより長らく空席であったが、将軍であるエルフィンにも相談役は必要だ。兵を動かすのはエルフィンに委ねるが、作戦立案にはカナタの意見にも重きを置くことにしたい。カナタ、異存はないな」
突然の申し出に困惑した。
しかし、高校までに身につけた兵法の知識を活かす実戦の場が与えられるのであれば挑戦してみたい。
戦をなくすために兵法を役立てたい。その気持ちに突き動かされた。
「お受けするのはやぶさかではないのですが、僕としては国際情勢と国内事情を把握するのが先だと考えます。少なくともここユーハイム公国が善の国か悪の国か、それを知らなければ悪事に加担しかねませんので」
これにはハイブ公爵も失笑を禁じえなかった。
「ハハハ。いや、確かにカナタの言うとおりだ。われわれが世界征服を企む悪の権化だったら、大陸民は過酷な状況に陥りかねんな。それでは十日間猶予を与えよう。それでこちらの世界の実情を学び、善悪の判断をするのだ。そのうえでわが国を支えてくれるのであれば、軍師の座を引き受けてもらいたい。それでよいか」
「はい、それでしたら異存はございません」
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