第4話 玖月奏多と兵站 (第一章完)

 ユーハイム公国軍は崖を下って森に布陣するジロデ公国軍へと攻め入った。

 たとえ兵力が少なくても、この戦い方ならヒット・アンド・アウェイで被害者を少なくできるはずだ。

 それをサポートするべく、かなは割り振られた小隊に指示を出した。


「皆さんにはこれから戦場を迂回してジロデ公国軍の背後に躍り出て、敵のへいたんを焼き討ちしてもらいたいのですが、よろしいですか」


 さすがに予想外の行動なのだろう。小隊はざわめく。


「開戦した今さら、敵の後方へ兵を動かすのは邪道だ、などと思わないように。今回の戦でユーハイム公国軍に勝利をもたらすのは、間違いなく皆様です。それだけ作戦の重要度が高いということです」


「その間にあなたはなにをなさるのですか」

 まあそう思うよな。作戦を立案した本人が攻撃に加わらないのだから。


「僕は本隊と別働隊の動きを見て助力が必要なほうに支援の計略を立てます。軍師は前線で武を競うのではなく、後方で戦況全体を操縦しなければなりません。エルフィン様からお借りしたこの通信装置で指示を出します」


 メガホンのようなものを取り上げた。

 軍師として立ち振る舞うために、エルフィンは格好の道具を用意してくれた。

 これがあれば、メガホンを向けた方向に音を伝えることができるそうだ。


「かしこまりました。それではわが小隊の戦いぶりを目に焼きつけてください。私は大陸随一の剣の使い手ですので」

「それは楽しみですね。それでは作戦の説明に入ります」

 エルフィンから借りた地図を用いて、小隊の十名に迂回路を示す。


「山をこの地点から下りて、ジロデ公国軍が布陣していない川沿いに下流を目指します。するとこの位置に敵のへいたんがありますので、ここに火を放ってください。それだけで勝利はわが軍のものです」


「わが隊の通り道に敵が兵を置いていた場合はどうすればよいのですか」

 この人物はなかなかに兵法の道理がわかっているようだ。

かいしてください。兵站まで敵に見つからないことを優先するのです。そうしなければ敵中に孤立して小隊の皆様の命は保証できかねます」

「では、火を放ったあとはどうすればよいのですか」

「来た道を戻ってください。敵に見つからずに兵站を焼き払えたら、たとえそのあとに見つかったとしても敵の眼中には入らないでしょう。ジロデ公国軍は混乱に陥り、急いで撤退するはずですから」


「あなたの名前を聞いておきましょう。軍功第一の小隊長の名前を知っておきたいので」

「私はデュバルと申します。剣の腕は大陸随一と自認しております。馬をお貸し願えれば千の歩兵も打ち破ってご覧に入れます」

「一騎当千ですか。それなら今回の任務も難なく遂行できるでしょう。お貸しくださったエルフィン様に感謝しなければなりませんね」


「で、作戦はいつ開始したらよいのでしょうか」

 そう長々と話すつもりはなかったのだが、意外と時間をかけてしまった。


「さっそく始めてください。この戦はあなた方が成功すればその場で勝敗が決します」

「わかりました。それではただちに行動を開始いたします」


 小隊十名が敬礼を行なったので、奏多も真似して実行部隊へ敬意を表した。

「デュバルさん、ここから先はあなたの判断で行動してください。これはこの通信装置の受信機になっています。これを耳に入れていただければ、私の指示を聞き逃すこともないでしょう」


◇◇◇


 山から見下ろせば、当初の混乱は程なく収拾し、ジロデ公国軍が数をたのんで全面反攻に打って出るところだ。ここで余計な損失を出すわけにはいかない。

 通信装置のダイヤルをエルフィンのレシーバー番号に合わせた。


「エルフィン様、敵の猛反撃が予想されます。いったん軍を北へ振って防御陣を築いてください」


 わずかに後れて声が返ってきた。

〔わかった。そちらの小隊はすでに出発しているのか〕

「はい、すでに移動を開始しています。その動きを敵に悟られないためにも、軍を北に振り向けていただきたいのです」


〔なるほど、警戒網を移動させることで小隊の動きを隠そうというわけか。では全軍を北へ振り向けて円陣を布くこととしよう〕


 その言葉どおり、ユーハイム公国軍は北へと移動し円陣を組み始めした。これで別働隊は監視の目を掻い潜れるだろう。

 借りている双眼鏡で両軍の陣形を把握する。

 戦況の変化をとらえて、ユーハイム公国軍主力の位置を細かく調整していくためだ。

 策があるように見せるために、円陣から左翼をかるく動かしてみたり右翼を広げてみたり。

 このわずかな動きでジロデ公国軍を翻弄する。

 いかにも「われに策あり」と思わせることが重要なのだ。


 効果はてきめんだった。微妙な動きであっても、経験したことのない将軍は警戒を怠れない。

 策は確かにあるのだが、本隊は敵を釘付けにする役目しか与えていない。

 撤退させるための作戦なのだから、敵を数多く倒す必要はないのだ。


 両軍のにらみ合いが続くなか、森の奥深くから煙が上がった。

 どうやら兵站に火を放てたようである。通信機器のダイヤルをデュバルのレシーバー番号に合わせた。


「デュバルさん、うまく火が放てたようですね」

〔はい。物資や食糧、天蓋などへ火を放ちました。これでほぼ兵站の全域を燃やせるはずです〕

「それでは、ただちに来た道を引き返してください。そろそろ敵も煙と火の手に気づいて引き返してくるはずですから」

〔わかりました。ただちに離脱します〕


 すかさずエルフィンへ通信を入れた。 

「エルフィンさん、敵は混乱するはずです。この機を逃さず総反撃に打って出てください。それだけで敵は瓦解して潰走すること疑いありません」


 奏多は眼下に広がる両軍の動きをつぶさに追ってみた。

 初めて軍師としての実績を示せたことで、少なくともユーハイム公国には認められる存在になるだろう。



(第一章完結。次話より第二章スタートです)


────────


 ここまでお読みいただきまして誠にありがとうございます。

 本作はすでに第一稿が完成しており、期間内での完結を保証致します。


 面白かったと感じられましたら、ハート評価や★評価、フォローなどしていただけますと、連載が捗ります。

 ほどほどかなと思いましたら、もう少しお読みいただければ、次なる戦が始まりますので、そこでの奏多くんの指揮ぶりをお読みいただけたらと存じます。

 皆様に兵法物語を楽しんでお読みいただけたら幸甚に存じます。



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