第3話 玖月奏多と小隊

 かなはエルフィンの馬車に同乗させてもらい、山の頂に到着した。


 眼下を見据えると、ジロデ公国軍と思しき兵が森のなかに伏せられていた。

 どうやら敵も戦い慣れているらしい。


「エルフィン様、ちなみにジロデ公国軍とはどのくらいの頻度で戦っているのでしょうか」

「年に二度だな。春と秋。今は秋で、収穫が終わったときに対戦している」


 それでは国力は衰退するしかないな。

 収穫が終わって戦をするのは兵法としては間違っていないが、春にも兵を動員していてはさくづけの人数が揃わず、秋の収穫も減っていく。

 すると国民は飢餓に苦しみ、子どもを養う余裕すらなくなる。

 人口がどんどん減っていき、兵も満足に集められない。

 まさに負のスパイラルに陥るのだ。


いくさをすることは先方と合意しているのですか。それともあくまでも攻められたから守っているだけなのですか」


「攻められるから守っているだけだな。ここはユーハイム公国領だ。攻め込まれたら迎撃しないわけにもいかぬ」


 それなら戦わざるをえないわけか。

 だが、たびたび攻められるということは、満足な撃退ができていない証左だろう。

 ジロデ公国軍をしたたかに叩かないから、領土侵犯を繰り返されるのだ。

 ということはこたびの戦でいかにジロデ公国軍に痛手を与えられるか。

 それ次第でユーハイム公国は安全を確保できるはず。


「エルフィン様は、倍する兵とどのように戦うおつもりですか」

「こちらは山の上に陣取っている。そこから兵たちを一気に森へ突入させ、ジロデ公国軍を混乱に叩き込めば勝機は自ずと見えてくるだろう」


 あくまでもこの一戦での勝利を目指すなら悪い手ではない。

 しかしその攻撃方法はおそらく使い古されており、満足するような戦果は期待できないと見てよい。


「エルフィン様、双眼鏡を貸していただけませんか」

「かまわんが、なにを見たいのだ」

「敵軍の後方です」


「ジロデ公国軍の後方、だと。なにか面白いものでも見つけたのか」

「面白いといえば面白くなるかもしれません。あれが私の考えるものである場合、この戦は矛を交えることなく撤退に追い込むこともできます」


「お前が考えるものとは」

へいたんです」

「なぜそれが面白くなるのか」

「兵站の機能をご存知ないのですか」


「知っておる。後方から戦場へ必要な物資や兵員を送り込む部隊だな」

 それを知っていながら、重要性は度外視されていたわけか。

 これは確かにジロデ公国に付け入られるもととなるだろう。


「戦は前線の兵だけで行なうものではありません。いかに後方から補給を投入できるか。それが戦では最重要なのです」

「最重要ねえ。まあそれはいい。君はここからわれわれの戦い方を観察していればよかろう。それで兵法とやらを活かす方法を見出してくれれば、わが国は百万の味方を手に入れたようなものだ。ハイブ公爵に軍師として紹介してもよい」


 これは願ってもない好機だ。

 うまいこと軍師になれれば、兵法の知識を実戦で試せるだろう。

 どんなに兵法が素晴らしくても、実戦で生かされなければただの学問や哲学のひとつにしかない。


「軍師ですか。私としては望むところですが、それに見合った実績をお示しするのが先決でしょう。もし本気で僕を軍師に据えたいとお考えなら、僕が自由に動かせる小隊をひとつまかせていただけないでしょうか」


 出過ぎた申し出かもしれない。ただでさえ兵力では劣勢に立たされているユーハイム公国軍から小隊であろうと一部が抜ければ、さらなる苦戦は必至だ。


 エルフィンは奏多から視線を外すと、すぐに瞳を見てきた。


「よかろう。軍師として推挙するのに実績を持ってしないというのでは、絵空事にすぎないからな。実績を示してくれるというのであれば小隊のひとつやふたつ、分けてもよい」


「それでは火炎魔法の使い手もしくは松明を持っている者をご用意くださいませ。できれば松明はあるだけあったほうがよいですね」

「火炎魔法が使えるのは数少ない。だが火炎魔法と松明でなにをやろうとしているのか」


「今はお答えできません。いつ敵が聞いているかわかりませんから」

「ここはユーハイム公国軍しかおらんぞ」


「いえ、必ずジロデ公国軍と通じている者がいるはずです。でなければこちらの不備を突いて侵攻してくるはずがありません」

 エルフィンは近侍の者と顔を見合わせた。


「それでは、まずその不届き者を捕らえることを先行させよう。裏切り者や間諜が紛れ込んでいたとは考えもしなかったぞ」

 奏多は薄茶色の瞳でふたりを見ながら首を左右に振った。


「今からでは敵が先に仕掛けてくるだけです。戦はたとえ拙い作戦であっても機先を制することを是とします。私に託した小隊以外をすべてつぎ込んでの奇襲に活路を見出してください。私はそのサポートをするまでです」


「わかった。お前の言うとおりにしよう。遊軍の使い方はお前に一任する。どう使ってもかまわん。もちろんそれで戦果をあげたら、ハイブ公爵へのとりなしは確約する。運を掴めよ」

「エルフィンも命を大事にしてください」


 その言葉を機に、ユーハイム公国軍は集合して攻め入る機会をうかがうことになった。


 もしエルフィンが名将だとしたら、こんな型どおりの戦い方はしなかっただろう。

 確かに山肌を駆け下りる兵は加速度がつくだけ破壊力が高い。

 しかし、敵はそれを織り込み済みで森に陣取っているのである。


 前衛は打撃を受けるだろうが、本営があると思われる後方までに達しない。

 ジロデ公国が何度も攻め寄せてくる遠因だろう。


 そして、まもなく兵たちに突撃命令が下された。



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