第2話 玖月奏多とエルフィン

 中世ヨーロッパふうの兵たちに連れられて、山をひとつ越えたところに大勢の兵がたむろしていた。

 そこを通り抜けて、馬車のような乗り物の前に到着する。


「エルフィン様、怪しい者を捕まえてまいりました」

 数瞬したのち、馬車の扉が開いた。

 そこには茶色の短髪をしたがっちりと屈強そうな男が座っている。


「皆の者、ご苦労。まだなにかいるかもしれんから、持ち場に戻るように」


 「はっ」という声とともに、兵たちは走って山を越えようとしている。

 なんという体力だろうか。現代日本人にあれだけの体力を有する者がどれだけいようか。


「お前、見慣れぬ服装をしているが、どの国の者か。大陸のどの部族でも見ない服装だが」


 エルフィンと呼ばれていた中年男性は、馬車に備え付けてあった剣を引き抜くと切っ先をこちらの眼前に突きつける。

 これはうかつなことは言えないな。

 へたなことを言ったが最後、頭と胴体は切り離されていることだろう。

 それほどの凄みを感じる。

 まったくの素人でもそう感じさせるほどの威圧感だ。


 このぶんでは一人称を「俺」にすると機嫌を損ねるかもしれない。敬語は使えないまでも、丁寧にしゃべるべきだろう。

「僕はづきかな。東京の高校生です」

「トーキョーとはどの国の領地だ」

「日本ですけど」

「ニホンだと。そんな国は知らんな」


 エルフィンは顎の下をつまんでひとつ考え込んだ。


「もしかして、異世界の者か。この大陸では見たこともない服装をしているようだし」

「異世界、ですか」


 やはり違和感の正体はそれか。

 だが、異世界人を知っているということは、この世界では当たり前なのだろうか。


「異世界についてご存じなのですか」

「詳しくは知らんな。ただ、この世界とは違ったところだと言われておるのは聞いたことがある」

「では、僕以外にも異世界人はいるのですか」

「おそらくいないだろう。いたとしてもわが国にはおらん」


 いないのか。いたら話が弾みそうなものだが、現実世界人は俺ひとりか。


「空間の歪みというものを見たことはありますか」

「空間の歪み、か。魔術師の移動魔法は空間を歪ませているらしいとは聞いたことがある」


「魔術師、ということは、ここは魔法がある世界なのですか」

「確かに魔法はあるが、ありふれているわけではない。わが大陸では西のエピオーネと北のスタニスラフは魔法が盛んだが。わがユーハイム公国もそこそこいるが、これから戦おうとしているジロデ公国は魔法の使い手がほとんどおらん」


 これから戦おうとしている。ということは、ここは行軍中の部隊の中ということか。

 ひとりで逃げ出してもすぐに捕まるだろう。


「彼我の戦力差はどのようなものですか」

「わが軍は五千、ジロデ軍は一万だが、それがどうした」

「まともに戦っていたらまず勝てませんね。ですが、戦い方次第でこちらに有利な戦い方はできるでしょう」


「ほう、カナタとやら、お前は用兵に詳しいのか。異世界人だというし、そちらではお前くらいの歳で用兵を教え込まれるのか」


「いえ、用兵というより兵法は僕の趣味です。基本的に世界は平和で戦争は少なく、内戦やテロリズムが伴わなければ世界中でも五指に満たない数です」


「趣味ねえ。お前は二倍の兵でも戦い方次第で勝てると言ったな。どのような戦い方をするのか。今ここで説明してみろ」


「そのためには地形を把握しなければなりません。地の利を活かすのが第一条件です」

「地の利か。それがわかれば勝てるのだな」


「勝ちやすくはできますが、必ず勝てるかはわかりません。すでにここが敗れる地形ということもありますから。その場合は戦わずして宿営地を変更してください」

 エルフィンはそばの者に地図を持ってこさせた。別の者がテーブルを持ってくる。


「これがこの地域の地図だ。そして現在わが軍はこの山の中にいる。敵のジロデ公国軍はこの山脈を越えたところに布陣している」

 どうにも不思議な配置である。

 なぜユーハイム公国は山の中を行軍しているのだろうか。


「ここはまだユーハイム公国の領内ですよね。なぜ山の中を行軍するのですか」

「ジロデ軍に動きを気取られないためだ。寡兵が多兵に勝つには不意を打つしかないからな」


 言わんとするところはわからないでもないが、それだけでは寡兵を有効に活かすことにはならない。

 奏多は判断を迫られていた。

 明確なリスクが存在している。

 しかし、そこに懸けなければ活路は見いだせないだろう。


 今のままでは見知らぬ土地で勝手もわからず、野生動物にさえも立ち向かえない。

 身の安全を得るためには、すがれるものにはつかまっておくのが生存率を高めるのに有効だ。

 仮にこの人たちがこれから戦に行くのであっても、少なくともその場までの安全は保証される。

 仮にユーハイム公国軍が敗れたとしても、異世界人であることを伝えれば生き延びる可能性はあるだろう。

 現にエルフィンの信頼は得られているようだからな。


「エルフィン様、可能であればでよろしいのですが、実戦を見せていただけませんか。なにかお役に立てるかもしれません。僕はこちらの世界に来たばかりで知己もおらず、身寄りがないものでして」


 また顎に手を添えたエルフィンはしばし考える。


「そうだな。少なくともジロデ公国の者ではなかろうし、異世界人であればなにかすぐれたものがあるのだろう。兵法とやらの心得もあるようだしな。よかろう、ついてまいれ。これから山脈の頂手前まで進んで兵を整える。そのときに気づいたことがあれば遠慮なく申してみよ」


「ありがとうございます。戦のお役に立てるよう注力致します」

「期待しておこうか」


 これで少なくとも食事にはありつけそうだ。

 夜をどう明かしているのかはわからないが、少なくともひとりで野宿をするよりも安全だろう。



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