兵法マニアの男子高校生が異世界転移で即軍師採用!〜大きくも弱い国家を覇者に押し立てるぞ!

カイ艦長

異世界兵法

第一章 ユーハイム公国とジロデ公国

第1話 玖月奏多とリスクと見返り

 づきかなは級友と、高校からの帰り道に土手を歩いていた。


「奏多、お前よく答えがオール・バツだとわかったな。三学年通じてお前だけらしいじゃないか」


「そこはそれ。兵法による戦略思考の賜物だよ」

「戦略思考ってなんだよ。詳しく説明してもらおうか」


 奏多は学生カバンを左手に持ち替えて、右手を浮かせる。


「まず、俺は生物のテストは八十点以上は必ずとっている。百点満点だと思った解答でな。となれば自信を持っても八十パーセント程度しか当たらないってこと」

「それはわかるが、それと戦略思考とやらのつながりが見えないな」


「急がない急がない。今回のテストで答えがすべてバツである可能性が見えた段階で、俺は次のことを考えた」


 そうしてまず右手を上段構えて横に動かした。

「まず自分は百点を目指して結果が八十点以上。マルバツの答えはマルが十五問。もし変えなければ百点をとれるかもしれないが、この出目は自分の平均点に近かった」


 中段で横にスライドさせる。

「ということは、これが百点の答案だったとして、十五点を失うリスクを許容するかどうか」

「リスクを許容って」


「十五点を失う覚悟を持って百問全部バツに挑戦することになるわけ。つまりもし今の解答が百点だとして、十五点を失う覚悟はあるか、ということだね」

「ずいぶんと思い切ったな、と思うけど」


「とりあえずマルにした問題を再度読み返して、マルに自信がなくバツにできそうな問題を洗い出す。これで七問のマルに減った。九十三問バツが当たっていれば百点。もし全バツなら九十三点となり、リスクは軽減するんだ」


「それでどうしたんだ」

「俺はリスクをとったんだよ。七問マルをとるか全バツをとるか。リスクは七点だ。これならリスクは許容できるだろう」

「まあしくじっても九十三点であれば、お前の平均点よりも上だしな」

「あとは出題者の分析だ」


 奏多は下段で手を固定した。

「生物の福田先生は中間テスト、期末テストでもパズルを出すような柔軟思考を促す教育スタイルだからな。全問バツでした、っていうオチは想像に難くない」


「でも、お前より頭のいいやつでも全問バツにしたやつはひとりもいなかったよな」


「おそらくだけど、百点や九十点をとり続けていると、自分の答えに自信があるんだろうね。自分がマルと思うのだから、答えはマルだ、と決めつける。リスクをとって失敗したら、九十点以上を逃すかもしれない。また一問だけや一列だけマルじゃないかと邪推する。だからもし俺もいつも九十点以上をとっていたら、リスクをとるのが難しかったはずだ」


「ということは、いつも八十点以上だったのが幸いしたわけか」

「リスクをとるというのはそういうこと。いかに冷めた目で現状を分析し、どれだけのリスクがあるのかを知って天秤にかける。そしてより見返りの多いほうに懸けるんだ」


「得点を失う覚悟を持つなんて、俺にはできないな。自分では満点の答案を作ったんだから、そこから直感を信じて全バツは選択できない」

「それが兵法のいう戦略思考というわけさ」

 事もなげに奏多は言った。


「兵法ねえ。今の平和な時代に兵法なんて役に立たないだろう」

「今回のテストには役立ったよな」

「そりゃ、たまたまだろう。現実問題、兵法は役に立たない」

 言い争いになりそうなので、この話はここで終えるとするか。


 視線を外して正面を見つめると、なにか違和感を覚えた。眼の前の空間が歪んで見えるのだ。

「おい、前を見てみろよ。空間が歪んでいるぞ」

 級友も前を見た。

「なんだそれ。そんなものどこにあるんだよ」


「ここだよ、ここ。俺の眼の前にある空間が歪んでいるんだ。まっすぐなビルが歪んで見える」

 首を伸ばして俺の前を見ている。


「お前の前ねえ。なんにも変じゃないが。ひょっとして心霊現象か」

「科学万能時代に心霊現象はないだろう」

「いや科学万能なら空間が歪むこともありえんだろう。光は直進するものだし、相対性理論では重力によって光は曲げられるとされている。お前の前の空間だけが超重力とは考えづらい」


 奏多は眼の前にある空間の歪みが気になって仕方がなかった。


 もしこれがSFでいうところのワープのようなものなのか。触れた途端に体がバラバラになるかもしれない。

 眼の前の歪みはまさに「リスク」そのものだ。


 リスクをとるべきか回避するべきか。

 どちらがよいのか。


 選択肢はふたつしかなく、入るか避けるかだけだ。

 死ぬ可能性を考慮した、おそらく人生最大の「リスク」が存在していた。


 そして、俺は歪みの中へと一歩足を踏み入れた。


 すると足元の地面がなくなり、眼の前の景色が秒速で後ろへと飛び去り、深い暗闇に包まれたと思ったら、再び明かりが灯って足が地に着いた。


 そこで見た景色は、電信柱も電線も、高層ビルさえも存在しなかった。どうやら土手の上にいるようだが、今までいた場所とは明らかに異なる。


 どこからか声が聞こえてきたが、それがこちらを目指しているとは思っていなかった。

 だが気がつくと、周囲は槍を構えた中世ヨーロッパふうの兵士に取り囲まれた。


「貴様、何奴。」

 隊長と思しき兵が試みに問うている。


「俺は玖月奏多、高校の二年生だ」

「こうこう、だと。それはどの国に存在する。怪しいやつ。暴れずについてくるのであれば拘束はしない。黙って俺たちの指示に従え」


 どうやら日本語が通じるようだが、眼の前にいる兵たちはどう見ても日本人ではない。

 着ている鎧兜や腰に佩いた剣を見ても、顔つきや髪色などどう見ても西洋人である。


 もしかして、これが異世界転移ってやつか。

 俺は生き残るには過酷なところへやってきたらしい。


 これからはどれだけの「リスク」をとるのか。そういう世界に来てしまったようだ。



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