第47話 怪盗コキア誕生 高山邸再び

 『魚座の涙』はたかやま西せいなん邸に戻された。

 しかし予告状が届いている以上、警察も監視を怠るわけにはいかない。

 捜査三課のたま課長は、前回に引き続いてはままつ駿河するがに警備の指揮を委ねた。

 高山西南邸を熟知し、一度は奪われたものの最終的には取り返すことに成功しているので、その実績も評価されたのだ。


「高山さん、今回も奪われないことを第一にしますが、もし奪われてもわれわれには発信機があります。必ずや取り戻してみせましょう」

「期待していますよ。それにしても今回もよしむねさんがいらしている理由はなんでしょうか」

 しのぶは頭を掻いてバツの悪そうな顔を浮かべた。背は低いが筋肉のついた体に合わない動きづらそうな深い赤茶色のスーツを身に着けている。


「この義統くんが『魚座の涙』の正式な所有者だからです。彼には絵がどうなるのかを見届ける権利があります」

「権利、ですか」

 高山西南は声を潜めてつぶやいた。


 忍の計画では、彼が絵を盗んで逃亡するらしい。

 邸内で張り付けにされると、いつまで経っても怪盗は現れないだろう。


「義統さんはその権利を行使しているということですか」

「なぜかそういうことになっています」

 忍は苦笑するしかなかった。


「これからわれわれは書斎に飾ってある『魚座の涙』の前で見張りを開始いたします。今度は殴り倒されることがないように細心の注意を払うつもりです。倒されさえしなければ、発信機を追いかけることもできますから、盗賊はすぐに捕まえられるはずです。いえ、捕まえなくてはなりません」

 駿河の真剣な眼差しを感じる。彼なりに前回の失敗を悔いているようだ。


「それでは私と義統さんは前回同様二階でモニターをチェックすればよいのでしょうか」

「はい。モニターは高山さんがチェックしてください。義統くんを交代要員としておけば、高山さんがトイレやお風呂などで離れるときに役立つはずです」


 そういえば、予告状には日時は記載していなかったな。

 いつ来るのかがわからないなかで、何日もここにいるわけにはいかない。

 忍には体育教師としての日常が待っているからだ。


「駿河、僕は学校にいかないといけないから、いつまでもここにいるわけにはいかないんだけど。それとも警察は今夜中に盗賊が現れると判断しているのかな」


「おそらく今夜中に来るだろうな。前回は予告状を出してから時間がかかったために盗む前に美術窃盗団にしてやられた。そんなことがないよう、今回は予告状を出してすぐに盗むと判断できる」

 そういう判断もできるわけか。


「わかった。じゃあ今夜中は付き合うよ。明日は仕事の準備があるから来れないと思うから」

「頼んだぞ、義統。僕たちは前回のように追跡をまかれることがないよう注意するからな」


 応接間を出た四人のうち、浜松と駿河は隣の書斎へ、高山西南と忍は階段を昇って二階のモニタールームへと移動した。

 連絡には民生の無線を用いる。警察無線は犯罪グループが遮断するおそれがあるからだ。民生の無線は犯罪グループも使うだろうから、かえって遮られることも少ないはず。警察としても、前回の失敗を繰り返さない覚悟を感じる。


 二階に設置してあるモニターを前にして、高山西南が隣りに座った忍に尋ねてきた。

「義統さん、こんな状況で本当に盗んでいくんですか。正体がバレるから、明らかに悪手だと思うんですけど」


 忍はにこりと微笑んだ。

「だいじょうぶですよ、高山さん。『魚座の涙』を誤認識させる方法はすでに用意されています。あとはスイッチを入れるだけです。ですが、そのためにも絵の前に警察が張り付いているのをなんとかしなければなりません。その準備もすでに出来ています。あとは華麗に盗むまでですよ」


「そもそも飾ってある絵は模写なのですから、無視してもよいのではありませんか。本物は私の取引先の銀行に預けてありますし。盗まれる心配はないと思いますよ」

「それが知れれば犯罪グループの狙い目になります。あくまでも今掲げられている絵が本物だと周知するように、必ず盗まなければなりません。そして盗まれてもすぐに取り戻せると見せることで、犯罪グループをあきらめさせるのです」


「なるほど。盗まれてもすぐに取り戻されるから旨味がないんだと知らしめようと」

「そうすることで『魚座の涙』を安心して所有していられます。そのためにも盗まなくてはなりません」

「ですが、義統さんが盗んで外に出てしまったら、義統さんが盗賊だと知らせるようなものですよね」


 忍は表情を大胆不敵なものに変えた。

「もちろん私は一歩も外へ出ませんよ。まず仲間がこの邸宅への電力供給を阻害します。それで電気がすべて落ちます。このモニターも監視カメラもすべてです。それさえ成功すれば、あとはこちらの思惑どおりに運ぶでしょう」


「電気が落ちるとなると、真っ暗になりますよね。そんな中でふたりの刑事と表の警官を騙せるのですか」

「もちろん、騙すつもりですよ。それくらいできなくて、怪盗など名乗れませんからね」


「これからも義統さんが描いた模写が市場に出るたびにこんなことをするのですか。もっとスマートな方法がいくらでもあるように思いますが」

「もちろん私ももっとスマートにやりたいとは思いますが、それには相手側の力量も問われます。警察が付いてこれないような仕掛けを施しても、こちらの注文どおりに動くとはかぎりません。だから段階を踏んで、警察側の警戒も強化されるようにするのです」


「あえて怪盗側からハードルを上げていくのですか。美術窃盗団に見せつけるために」

「はい、おそらくこれからの警察との応酬は美術窃盗団に筒抜けでしょう。だからどんどんハードルを上げれば、前回のように簡単に盗まれるはずもありません」


「それでは今回だけは楽ができるわけですね」

「そうともかぎりません。おそらくですが、美術窃盗団側も今日中に仕掛けてくるはずです。なんとしてでも『魚座の涙』を盗み出さなければならないからです。誘うためにも電気を遮断するのです。そうすれば美術窃盗団はまた暴力に訴えて奪い取ろうとするでしょう。その前に私が奪えば、罪をその美術窃盗団に着せられます。おそらくですが前回来た強奪犯と同一人物が来ると見ています」

「であれば、前回の強盗が成功しているので、今度も楽勝と思わせて瞬時に逮捕させてしまおうと」


「そういうことです。それさえできれば、怪盗が盗んだのか美術窃盗団が盗んだのかわかりづらくなります。最終的に高山さんのところに戻ってくれば、さすがの美術窃盗団も手が出せなくなります。実行犯を捕まえられたら、遡られかねませんからね」

 そう、最初の一枚が奪われてもたやすく奪還できる態勢が整えられていれば、美術窃盗団も今すぐ強奪しようとは考えないだろう。




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